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 廊下の石造りの壁にそって、備えつけられた燭台に炎が灯されていたから、辺りの様子はぼんやりと見えたが、天井が高いらしく、光はそこまで届かず、頭上はまっ黒い影に塗りつぶされていた。空気はほんのりと黴臭く、どこからか、賑やかだがくぐもった人声が幽かに届いてくる。まだ目は闇に慣れていなかったが、さっきまで啜っていた、マルガリータの塩味とほろ酔い気分もあってか、あるいは人恋しさからか、俺は衝動的に音のするほうへと歩きだしていた。どこをどう辿ったのか、わからなかったが、人声は階下から響いてきたので、俺は階段を見つけるたびに、とんとんと駆け下りた。そうして、明りが煌々と灯っている部屋に足を踏み入れた。

「遅かったじゃない、シェイマス。まあそんなことはいいわ。駆けつけ三杯、まずは乾杯よ」

 呆気にとらわれたまま、俺はウィムジーが差しだした、葡萄酒が波うっているジョッキを受けとっていた。

「家の(ひと)は酒が弱くて、飲みっぷりに豪快さがないんだもの」

「また乾杯するのかよ」

「あら、今夜はこれでもどうかなと思って、といってワインを持っていらしたのは、シェイマスさんですよ」

 確かにそうだった。俺はあれを必ずやるんだって決めたとたん、阿呆でろくでなしばかりの顔馴染の連中に、妙な愛惜を憶えて、その夜、差し入れの酒瓶をミーナに手渡したのだ。

「そんなことはいいじゃない、酒はたんまりあるんだし」

 ウィムジーは、いつでもどこでも変わらない。物を深く考えないんだ。

 そして、マッヂは上機嫌そのもの、ジョッキ片手に両腕を開いて、踊るようにくるくると回りながら、歓呼していたのだから。

 ウィムジーの亭主、ヴァガリーは何も言わなかったが、酔いがまわったまっ赤な顔をして、へらへらと笑っていた。

「それでは、皆さんの健康と友情を祝って、乾杯!」

「乾杯!」

 ミーナの音頭にあわせてジョッキを掲げて、ワインを口元に運ぼうとしたとき、驚くべきことが起こった。はずむような叫びをあげたマッヂが、笑いをたたえた顔で、ジョッキのワインを俺の顔めがけて、ぶちまけたんだ。

 一瞬、なにが起こったのかわからなかったが、すぐに顔を拭って目を開けると、笑い声をあげながら、慌てて逃げだすマッヂの背中が目に飛びこんできた。その姿があまりにも滑稽で、怒るより先に仕返ししてやろうと思った。もちろん、マッヂは俺からのワインの返礼を避けることはできなかった。俺もマッヂも下着まで酒浸しになったし、周りの連中も手ひどい被害を蒙ったんだ。

 そこには、ぶちまけるような悪ふざけをしたって、ちょっとやそっとでは、無くならないくらい大量の酒があった。

 だから、それからというもの、樽を転がすような、飲めや歌えやの大狂宴になったんだ。ウィムジーは言うに及ばず、ミーナは、これまで見せたこともないようなご機嫌顔で、頬を火照らせていたし、ヴァガリーは魔女のとんがり帽子をかぶせられて、樽をコンガのように鳴らし、宴に楽の喜びを添え、俺とマッヂは手をとりあって、足がもつれてすっ転ぶまで、踊りまくったんだ。

 俺はそれまで、百万の言葉を用いてでも、思いを理解してもらうことや、百万回働きかけてでも、事を成就させることに、価値があると信じてきた。だが、そんなものより、気の置けない連中と酒を酌み交わすことのほうが、よほど捨てがたいのかもしれない、頭の中でガンガン打たれる鐘の音と、幼馴染の顔がぐるぐる回る光景と、海を漂う水母(クラゲ)のようになった体をもてあましながら、朦朧としてつくづく思ったのは、そういうことだった。

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