第3話
『あー、あー、あー、マイクテスマイクテス。……えっ? もう撮れてる!? 先に言ってよっ!? ちょっと! パパもママも笑ってないで!』
少女があどけない表情でからからと笑う。真っ白な少女だった。服がホワイトロリータなら肌も白く、髪の色素も薄い。そのうえ身体のあちこちがこれまた真っ白な包帯で覆われている。
随分と若い。高校生……いや、中学生だろうか?
『あー、こほん。それじゃ、要求を伝えるね。――邪魔するな。ただ、それだけだ。守ってくれないなら、』
画面外から伸びてきた手が、少女の挙げた手に真っ黒な物を載せた。少女は随分と気軽にそれを受け取り、そしてパンッと乾いた音が響いた。
『ヒィイイッ!』
男性が悲鳴を上げた。少女の足元に跪いていた彼の側に、はっきりと弾痕が刻まれていた。男性の股間がじわぁああと滲み、水溜まりを作った。
『私達は貴様らが邪魔をしたり、人質が抵抗したりしない限りは、絶対に危害を加えない。2日待て。そうすれば人質を解放し、私達も解散しよう。……こんな感じで良いの、パパ?』
少女には罪の意識がないようにも見えた。無邪気な笑顔で尋ねていた。
何か言われたらしく振り返る。
『……ぷふぅ!? ちょ、ちょっとおねーちゃん! 今大事なトコなんだから笑かさないで!』
ぷんすか頬を膨らませる。
やっている事と視覚からの情報のギャップに頭が痛くなりそうだった。
『伝える事はちゃんと伝えたから! じゃあ、ばいばい!』
少女はひらひらと掌を振った。
銃を持ったのと反対の手。振られたそこだけは、白ではなかった。五指全てに別々の装飾がなされていた。親指には厳しい指輪が嵌められ、人差し指にはマニキュアが塗られ、薬指にはネイルチップが付き、小指にはリボンが結ばれていた。そして中指は義指だった。
『――以上が、犯人からの犯行声明の全てになります』
ヒロミは携帯端末に表示されたニュースを見ていた。あれから5時間。時刻は間も無く0時を回ろうとしていた。
『犯人達は依然、ショッピングモールに立てこもり続けています。そろそろ、人質になっている人達の体力や精神の疲労が心配ですね』
『そうですね。それに、なぜショッピングモールを襲ったのかも不明です』
『強盗が目的ではないのですか? 実際、犯人達は商品を次々とトラックへ積み込んでいるわけですし』
その言葉に合わせて、画面端にワイプが出る。ショッピングモールの裏手、搬入口の様子が映っていた。
覆面達が搬送用のトラックへと服やら家具やら釣り具やらゴルフ用品やらを節操なしに運び込んでいる様子が見て取れた。トラックの数は全部で10台近く。銃器を持っているのは数名だけだが、トランシーバも用いて常に連絡を取り合っていた。
『いえ、強盗自体はなんらかのカモフラージュだと私は考えています。犯人は20人以上とのことですが、これだけの規模での強盗となりますと……こういう言い方をしてはなんですが、ショッピングモールでは割に合いません』
『なるほど。あのように幼い少女が犯罪に関わっている事といい、今回の事件は本当にわからない事ばかりですね』
ヒロミは充電節約のためニュースを切り、溜息を吐いた。本当にわけがわからない。ショッピングモールなんだから盗む対象としては妥当なのかもしれない。しかし、人質を取ってやる事がそれ? これじゃあまるで子供の犯行だ。
――あるいは本当にそうなのか。
ヒロミは階下の広場を見下ろした。少女は人形で作った山の上にダイブして遊んでいた。覆面達はまるで少女に傅くかのように振舞っていた。
そんな時、覆面達に動き。
『――抵抗――で――判断――応援――』
トランシーバから音声。うまく聞き取れない。しかしそれを聞いた覆面と少女が話し始める。
「えぇええええ!? やーだぁああああ!」
「――わがまま――」
大声で叫ぶ少女の声だけがはっきりと聞こえる。やがて少女はしぶしぶといった様子で立ち上がると、その話していた覆面と共に広場を離れていった。何かトラブルらしい。
少女が去ってから少しした頃、残っていた覆面の一人が人質に銃を向け何かを告げた。人質達の動揺する様子が伝わってくる。やがて覆面はイライラした様子で人質達に近付いていくと、その内の一人の腕を掴み強引に引っぱり、怒声をあげた。
「さっさと立てって言ってんだろうがよぉ!?」
「嫌っ!」
叫びが、響いた。
「――っ!」
ヒロミは息を呑んだ。腕を掴まれていたのはメイだった。
「お願いします! どうかこの子だけは!」
「私が代わりになります! だからこの子は見逃してください! お願いします……!」
彼女の両親が覆面に懇願している様子が見えた。
日本刀を持った覆面が、強引な事をしている銃を持った覆面を引きとめようとする。しかし、パンッと乾いた音が鳴った。糸の切れた人形のように覆面はその場に崩れ落ち、日本刀がカランカランと床を転がった。
甲高い悲鳴が響いた。
死んだ仲間を見て、他の覆面達が笑う。いや、笑っている覆面と愕然としている覆面がいるように見えた。笑っている覆面は愕然としている覆面に『しっかりと人質を見張っとけよ』とでも言う風に顎をしゃくると、自身は一緒になってメイを引きずって行く。
「嫌……嫌ぁッ!」
メイの姿が覆面達に隠れる。バタバタと抵抗する足だけが見え、叫びだけが聞こえる。
――警察は何をやってる!? なんで突入してこない!? このままじゃ、メイが……メイが!
ショッピングモールは広い。20人という大人数でもカバーしきれないくらいだ。事実、ヒロミは未だに彼等に見つかっていない。警察が進入できないはずがない。どこから見ているはずだ。この様子を。ならばわかるはずだ、今、何が起きようとしているのかを。
――どうする……どうする!?
いくらヒロミといえど飛び出せばただじゃ済まないだろう。能力があるといっても、銃弾を見て躱せるわけじゃない。加速には限度がある。
「助けて……誰か助けて――ヒロミ!」
「――っ!」
彼女がその名を呼んだのは、無意識か。ヒロミは気が付くと立ち上がっていた。
「全く、俺は何をやってるんだ。いけねぇよなぁ、ヒーローが敵を選んじゃあ」
言いながら、グイとヘアバンドを引き下げる。ポーチからスタンガンを取り出す。ふぅ、と一回だけ深く息を吐き、呼吸を整える。
「――今、助ける」
ヒロミは物陰から飛び出した。そのままの全力で駆け、吹き抜けの手すりを飛び越えた。浮遊感は一瞬だった。すぐに衝撃が訪れる。痛みは、ない。クッションにした人形があたりに散らばった。
「っ!? なんだ――」
言い終わるよりも早くヒロミは人形の山から飛び出し、最も近くにいた覆面の首にスタンガンを押し当てていた。バチバチと激しい音が響く。覆面は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。カランカランと金属バットが床を跳ねる。
覆面達の動きは緩慢だった。それは能力云々以前に。うまく虚を突けたのかもしれない。
いや、その中で例外が二人だけいる。拳銃を持ち、メイに乱暴を働かんとしていた二人だった。
「「…………」」
一体いつの間にだろうか。彼等は無表情でヒロミを見ていた。すでに銃口がこちらを向いていた。ヒロミは後ろ向きに跳んだ。人形の山に飛び込む。発砲音が2回、連続して鳴る。人形の山に隠れたヒロミに追い撃ちはない。
無駄撃ちする気はないようだった。
――どうする!?
考えろ。思考を加速して答えを探す。時間はない。もし彼等の銃口がヒロミではなく人質に向けば、あるいはメイに向けば、ヒロミには何もできなくなる。今しかないのだ。ヒロミに注意が向いている今しか。
「――くそっ!」
策なんて思いつかなかった。ヤケクソ気味にヒロミは飛び出していた。
何度も床を転がり壁際へ。エスカレータを盾にして回り込む。そこを抜けると、ふと弾幕が薄くなった。一人の身体が邪魔になり、もう一人の射線が切れていた。
――今しか、ない。
ヒロミは銃弾に身体を掠めながらも、前へと足を踏み出した。その銃声すらも、止んだ。覆面が焦ったように身を引くのが見えた。片方の手が腰へと伸びていた。
――弾切れだ。
もう一人の覆面に射線が通るより早く……! ヒロミは気付くと同時、大きく前へ足を踏み出す。覆面がリロードを為に弾倉を……ない。握って、いなかった。
「――っ!」
ヒロミは気付く。相手と目が合うほどの至近距離。覆面の指先がゆっくりと折り曲がっているのを。銃口がはっきりとヒロミを向いているのを。いや、あるいはそれに気付いたのは”後”だったのかもしれない。
パァンと銃声が響いた。倒した、頭のすぐ横で。
「なっ……コイツ銃弾をっ!」
躱した。ヒロミ自身、驚いていた。ほとんど偶然だった、と思う。ヘアバンドの端が切れ頰に血が滲んでいた。
「オォオオオオオ!」
覆面二人を巻き込むようにタックルする。三人は縺れるに床へ倒れた。その倒れる勢いも乗せて覆面の一人に肘を叩き込んだ。そして立ち上がろうとしていたもう一人に足払いを掛ける。転んだ相手に馬乗りになりスタンガンを押し当てた。
バチバチと音が響き、やがてシンと広場は静まり返った。
「……大丈夫か」
「ぇ?」
惚けた顔でメイが見上げてくる。彼女はまるで縋りつくかの様に自身のポーチを握りしめていた。彼女の胸元が露わになっている。ヒロミは彼女の服を引き寄せ、胸元を隠してやる。自分の手が震えている事にそれで気付く。
危なかった。文字通り一歩間違えれば死んでいた。緊張が途切れ崩れてしまいそうだった。しかし、そんな余裕もなかった。
ヒロミは拳銃を拾いあげ、それを構えながらゆっくりと移動する。人質達の方へと。
「逃げろ。今のうちだ」
メイや人質を守るように立ち、残った覆面達に銃口を向け牽制する。
幸いにも彼等は拘束されていない。外に出れば、あとは警察が保護してくれるだろう。しかし、誰も動かない。
「どうした、早く行け」
ようやく一人が立ち上がろうとする。だが、
「やめろ!」
人質の一人が声を荒げ、その人物に縋り付く。
「やめてくれ……!」
「……どういうことだ?」
尋ねるも、誰も答えない。
意を決したように一人が口を開いた。
「それ、は」
「それは、みーんな家族や友人が大切だからだよ」
振り返ったそこには真っ白な少女が立っていた。
「まったく、情けないなぁー。これじゃあ赤ちゃんの方がまだ優秀だよねー」
彼女はあたりを見渡し、ぷんすかと腰に手を当てた。
鈴が鳴るような、場違いなほど可愛らしい声だった。




