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第4話


「ふ、ふふっ、ふふふふふっ……いらっしゃいお兄ちゃん。待ってたんだよ?」


 ヒロミはアイコに正面から向き合う。部屋には彼女の他に2人。銃を持った覆面が1人と、ここの研究者らしき職員が1人。防護服を着た職員は、覆面に銃を突きつけられていた。

 アイコが片手を上げる。しゅるしゅると包帯が解けていく。


「ねぇ、見てお兄ちゃん……こんなんになっちゃったんだよ」


 彼女は滂沱の涙を流していた。彼女の薬指と小指は義手に差し代わっていた。


「たかがその程度で喚くな。メイを殺したお前が」


 ヒロミは思わず言う。彼女に腹が立って仕方がなかった。他者の命は平然と奪っておきながら、自分の指を失ったことばかりを嘆く彼女が許せなかった。


「たか、が……?」


 無表情だった。ゾッとする程に冷たい目で、彼女がヒロミを見る。それからふと疑問を抱いたのか、首を傾げた。


「……メイって誰?」


「――――」


 彼女はメイの事を忘れていた。メイを殺したのに。彼女の所為でヒロミは幸福だった日常を失ったのに。覆面が思わずといった様子で吹き出す。ひとしきり笑ってから、彼女に耳打ちする。


「あぁ、あの子の事? クラスメイト、なんだっけ。……なんだ、ただの他人じゃない」


「ふざっ、けるなぁああああッ! あいつは、俺の……大切な幼馴染で、そして……」


「幼馴染? ……ふぅん、結局ただの他人か」


 身体を微かに沈ませる。臨戦態勢を取る。彼等には罰を与えなければならない。ヒロミ自身の手で。


「おっと待った! 今動いたら、このおっさんを撃ち殺すぜ? あんたは銃弾に当たらねぇかもしれねぇが、コイツは別だろ?」


 床を蹴ろうとしたヒロミに、焦った様子で覆面が銃をアピールする。


「どうせそいつも共犯者だろ。死んだとしても、それは自業自得だ」


「おいおいおい! マジだって! このおっさんの顔見てみろ! な? 本当に怯えて」


「――うるさい」


 覆面に口を噤ませたのはアイコだった。ギロリ、と彼女の目が覆面に向いている。


「今、アイコが話してるの、わからない?」


「……すいやせんした、姉御」


 ヒロミは飛び出すタイミングを逃した。あるいは、わざと見逃したのか。

 ヒロミは怒りと義務感の間で揺れていた。あの職員がもし本当に単なる人質で、ヒロミの行動で殺されたなら……それはアイコの時の再来になる。だがここで彼等を逃せば、次に自分の手で討てる機会はないかもしれない。

 復讐を選ぶべきか、はたまたヒーローであり続ける事を選ぶべきか。ヒロミはまだ迷っていた。


「ねぇ、お兄ちゃん。この世で一番大切なものって何かわかる? お金? ううん。権力? ううん。友達? それはちょっと大切。正解はね……家族だよ。だからね、お兄ちゃん。アイコは絶対にお兄ちゃんを許さない。おねーちゃんと赤ちゃんを殺したお兄ちゃんを絶対に許さないッ!」


「……はぁ? 何言ってんだお前?」


「とぼけないでッ! アイコ、今でも夢に見るもん。お兄ちゃんがお買い物して帰ろうとしたアイコ達に、背後から斬り掛かってきたんじゃない! それで、おねーちゃんと赤ちゃんを斬り殺して……!」


「お前、頭おかしいんじゃないのか?」


「……許せない。絶対に許せない」


 彼女は自身の手を見つめていた。


「うん……うん、そうだねパパ。わかってる。許せない……。一緒に仇を取るの、絶対に! ママ、泣かないで……。大丈夫だから、おねーちゃんや赤ちゃんも、きっとママが笑顔でいてくれる事を願ってると思うから……!」


 彼女は指と会話をしていた。一人で、指人形遊びでもするみたいに。あるいは、まだ自身と他人との区別が付いていない赤子のように。


「アイコ、ずっとお兄ちゃんを探してたの……。それでね、お兄ちゃんが悪い人達を追ってるって知ったから、だからね……用意してあげたんだよ。こんな風にね」


 彼女が指を鳴らした。すると、突然ピクリと職員が震えた。そしてゆっくりと立ち上がる。さっきまであれだけ銃に怯えていたのに、今はそんな様子は一切なかった。それどころか覆面から銃を受け取り、それをヒロミへと向けていた。


「い、嫌だ……でも、殺さないと。なんで? でも、殺さないと……」


「……何を、している。こんな芝居をしてどうなるっていうんだ?」


「芝居? 本当にそう思うの?」


「ぁあああああああああッ!」


 職員がトリガーを引いた。それが見えていたヒロミは、指が動くのに合わせて身体を反らした。パンッと避けてから銃声が鳴る。背後の壁に着弾する。


「ひぃい! だ、ダメだ! ここで銃なんか撃って、もしグローブボックスが割れでもしたらッ……!?」


 言葉とは真逆に職員は繰り返しトリガーを引く。ヒロミには当たらない。しかし、研究所内の器具が次々と破損していく。ヒロミは職員を止める為に近付こうとした。が、職員は突如、ヒロミに向けていた銃口を自身の顎に向けた。


「来ないでくれぇええええッ! お願いだ……下がってくれ。あと一歩でも進んだら私は……」


 ヒロミは止むを得ず一歩下がった。再び、職員がヒロミに銃を撃ち始める。


「どうしたのお兄ちゃん? お兄ちゃんの前にいるのは悪い人だよ? 早くやっつけないと」


「お前、等ッ……!」


 この職員の行動。全て演技? いや、演技なら人質にするだけでよかった。わざわざ職員に銃を持たせたのは何故だ? 理由は一つ。この職員が本当にただの職員でしかない事を証明する為だ。だって、そうだろう。でなければ相手は、ヒロミが催眠術なんてものを信じると思って罠を張ったことになるのだから。


 もうじき、職員の持つ銃の弾が切れるだろう。その時がチャンスだ。なんとかその隙を突き、職員を取り押さえるしかない。


「お兄ちゃんの為にアイコ、色々と用意してあげたんだよ。……ほら、見せてあげる」


 カチン、カチンと弾切れの音が鳴る。ヒロミはアイコの言葉を無視して動いた。持っていた金槌を投げると同時に駆け出す。金槌が覆面の銃を弾き飛ばす。その隙に職員へ接近。彼の意識を刈り取るべくスタンガンを……使う前に、ガクンと職員は膝を着いた。


「おい、どうした!」


 職員は動かない。だがこのままにしているわけにも行かず、彼を引きずり研究室の入り口の方へと下がった。


「おい! 何をした!」


「ほぉら、始まるよ」


「まさか……」


 ヒロミが察したのと異変は同時だった。ヒロミは床を蹴った。同時に、ヒロミがさっきまでいたその場所でガチンという音が鳴る。職員が立ち上がり、噛み付いてきたのだ。

 その目は常人のそれではない。


「そうだよ。彼はね――アイコのお友達になったんだよ。そして、これからこの街……ううん。外の世界まで含めた皆が、アイコのお友達になるんだよ」


 10年前の災害。彼女はそれを再び引き起こそうとしていた。

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