第1話
久々の投稿です。
うーむ……やっぱ投稿してかないと、執筆サボっちゃいますね(汗
――正義と悪の違いを知っているか?
* * *
俺の名前は倉谷ヒロミ。ごくごく平凡な男子高校生――ではない。
「きゃぁあああああああああッ!」
甲高い悲鳴。ヒロミはヘアバンドを引き下げると、足を踏み出した。同時に自分の中を強く意識する。自分の中にある力を。
瞬間、世界がスローモーションになる。
「誰かぁあああ、助けてぇえええ!」
遅回しで聞こえる声の方へ駆ける。三角飛びの要領で壁を超え、裏路地へと着地した。
「なっ……!?」「えっ……」
そこにいたのはナイフを持った男と、スーツ姿の女性だった。両者は突然その間に舞い降りてきたヒロミにぽかんと口を開いていた。
「邪魔するならぶっ殺す!」
男がナイフを突き出してくる。それが身体に突き刺さった、かに思えるほど紙一重で躱す。男は再び切りつけるべくナイフを引き戻そうとして、がくんと動きが止まった。男が腕を伸ばしきったその瞬間を狙い、ヒロミはナイフの刀身を掴んでいた。
グローブに覆われた手で掴まれたナイフは、ピクリとも動かなかった。
「このッ……!?」
「じゃあな」
バチバチと音が鳴った。ガクンと糸の切れた人形のように男が地面に倒れ伏す。ヒロミの手にはスタンガンが握られていた。
「ふぅ……ひと段落」
「あ、ありがとうございます」
「いいっていいって! じゃ、そういうことで」
「待ってください! あの、貴方は……」
「俺か? 俺は――ただのヒーローさ」
俺の名前は倉谷ヒロミ。ごくごく平凡な男子高校生ではない。特技は思考の加速。趣味は人助け。そして、
――この街のヒーローである。
……自称、だけれど。
* * *
――パシィッ。
音が響いた。
「きゃっ!?」
遅れて少女が悲鳴を上げる。青年はボールを軽く手の上で遊んでから、ポーンと飛んできた方向へと投げ返した。
「ファールだ、ソフト部!」
「ごめんなさーい!」
グローブにボール収めたソフト部員はタッタッタと練習へ戻っていった。
「ありがと、ヒロミ」
「なーっはっは! いーってことよ」
「……ふふっ」
「ん? どーかしたのか、メイ?」
「んーん。べっつにー。ただ、あーんな泣き虫だったヒロミが立派になったもんだなぁ、って」
「俺は最初っから最強だっての!」
ムッとしたヒロミを見て、クスクスと少女――鈴月メイは笑った。癖っ毛な茶色の髪がふわふわと風に靡く。眼鏡の奥の瞳が、緩やかな弧を描いていた。
それを見たヒロミはつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「あーあ、大人しくなっちまって。昔はこーんなだったのによ」
まるでトラか怪物かのようなポーズを取る。
「さー、記憶違いじゃない? 昔っからわたしは真面目で秀才で清楚でしたとも」
「よく言うよ」
メイがふと気付く。
「あ、指」
「ん?」
「ほら、ちょっと待ってて……これで、よしっ」
メイがいつも着けているウエストポーチから絆創膏を取り出し、指に巻いてくれる。その出来栄えを確認して満足そうに頷くと、ぽんぽんとウエストポーチを叩いた。ポーチは彼女の誕生日にヒロミが贈った物だった。
「いらん」
「んあ!?」
ぺいっと剥がして捨てる。「わたしの好意をよくも」「いや風に当ててた方がすぐ治るし」、とぎゃーぎゃー言い合う。二人はいつもこんな感じだった。
言い争っていた二人に声が掛かる。途端、メイは大人しくなった。
「おはよー、ヒロミ! それに鈴月さんも」
「うーっす、おっはー」
「おはよう」
「ヒロミ先輩、それに鈴月先輩も、おはよーございまーす!」
「おはよーっす」
「おはよう」
一人が見つけると、二人、三人とあちこちから声が掛かり、二人を――というよりもヒロミを取り囲んでいく。教室に着く頃には人集りができていた。席に着くや否や、あちこちからヒロミに相談が持ち込まれる。
「頼む! 今度の試合、バスケ部の助っ人に来てくれ!」
「その日はサッカー部からも頼まれてっから、お前らで折衝してくれ」
「倉谷くん、塾で出た問題なんだけど……どうしてもこれが解けなくて」
「ここの漸化式でプラスマイナス逆になってるぞ」
「倉谷君、この間はカツアゲから助けてくれてありがとう!」
「礼なんかいーっつの。ていうか、あーいう時はちゃんと助け求めろ。男だからって助けを求めちゃいけねぇ、なんてルールねーからな?」
ヒロミは学園のヒーローだった。
その持ち前の性格と、そしてなによりその能力がヒロミをヒーローに押し上げていた。
例えば、体育。科目がバスケだったとする。ヒロミには周囲の人間がゆっくりと動いて見える。当然、後の先を取ることも容易であれば、正確なシュートも、ギリギリまで引きつけたフェイントだってできる。
例えば、勉強。数学の問題を解くとする。ヒロミは他者よりも相対的に短時間で物を考えられる。短時間で問題を読み終え、短時間で計算を終え、短時間で見直す事ができる。
例えば、会話。ヒロミは人よりもじっくりと相手を観察し、思考できる。当然、会話にユーモアを持たせるのも、論理的に話を展開させるのも、他者よりずっと得意だ。
能力を使う事はもはや、ヒロミにとって生活の一部だった。
ヒロミは本当の意味でスーパーマンなのだ。
「ふぅ……ようやくひと段落」
こつんと後頭部に冷んやりとしたものが当たる。
「お疲れ様。流石、ヒーローは忙しいねー。はい、いつもの」
「さんきゅー」
ヒロミはそれを受け取りプルタブを開けた。小気味良い音が響く。それをしばしジッと眺める。まるで仇敵を見つめるように。……スーパーマンにも苦手の一つはある。
意を決し、ヒロミはそれを煽った。
「……うげぇぇええ。やっぱ苦ぇええええ」
「はいはい。交換する?」
「……もう一口飲んでから」
「全く、別にヒーローだからってブラック飲む必要はないと思うんだけどなぁ」
「いーんだよ。ヒーローは酸いも苦いも噛み分けるもんなの」
「好きだねー、ヒーロー理論。あと、酸いも甘いもだからね、それ」
「ヒーロー的には酸いも苦いもなんだよ!」
「はいはい、ヒーロー理論ヒーロー理論」
バカにすんな、とヒロミはもう一口コーヒーを飲もうとして、やっぱりそーっと顔から離した。
「……やっぱ交換」
「いつまでも子供だなぁー」
メイの持っていたカフェオレと交換する。ヒロミはごくごくとそれを飲んで、ようやくひと心地着いた。それを横目にメイは平然とブラックを飲んだ。
こいつ味覚死んでるんじゃねーか? こいつというかブラック飲めるような人間全員。
「そういえばヒロミ、今日の事なんだけど」
「あっ! あの、倉谷君! ちょっといいかな!」
メイの言葉に被るように、女性の声。別クラスの女生徒がヒロミに声を掛けていた。まだ相談が残っていたらしい。ちらりと二人はアイコンタクト。メイがどうぞ、と片目を瞑って促す。
「どうしたんだ?」
「あー、いやー。にしても今日は残念だったよねー、本当だったら校外学習だったのに」
「まぁしゃーねーだろ。研究所の都合らしいし。……つーか本当に楽しみかぁ? 小学校も中学校もあそこだったじゃん。どーせ、施設見学して、隣の慰霊碑拝むだけだろ」
「あ、いや! そうだね! うん! そうだった!」
「……? どうしたんだ、それで」
「いえー、だからー、そのー、よかったらですね、今日、校外学習の代わりにですね、そのー、あたしと一緒に遠出でもと思いましてー」
ヒロミは頭を掻いた。申し訳ないと思いながら口を開こうとして、
「ちょっと、こっち」
「へっ?」
ヒロミが断るよりも先、クラスメイトの女子がその女生徒を引っ張っていく。耳打ちを受け、女生徒は困ったような笑みに変わった。
「あはは……ごめんねヒロミ君、やっぱりさっきのはナシで。無理言っちゃってごめんね! それに、彼女さんもごめんね! では、さらばじゃ! なんちゃって……」
「いや、メイは彼女じゃ……」
聞く間もなく女生徒は去っていった。クラスメイトの女子がサムズアップしていた。
だから彼女じゃないってば。はぁ、と訂正すべく女生徒に追いかけようとした。が、ぐいっと頬をメイに引っ張られる。
「いだだだだだっ! なにすんだよっ!」
「べっつに〜? 流石はヒーロー様、モテモテですねー。って思っただけ」
「なんだよ。含みのある言い方しやがって」
「べっつに〜」
「……イラッ」
ヒロミの頬を引きつった。半ば反射的にヒロミはメイへと飛びかかろうとして、その頬杖をついた横顔に、どこか元気がない事に気付く。考えてから、ヒロミは改めてメイへと飛びかかった。
「うりゃあっ!」
「きゃぁっ!?」
メイに腕を回し、頭をわしゃわしゃと撫ぜ回す。
「ぎゃー! ぎゃー!」
「わはははははは!」
「やめ、やめんかぁあっ!」
「ぶべっ!?」
顔面に張り手を食らってようやく解放する。ただでさえ癖っ毛なメイの髪は、今や毬藻のようになっていた。ぜぇー、ぜぇー、と荒い息を吐きながらヒロミを威嚇している。ぐるるるぅ、と唸った彼女の口元からは八重歯が覗いていた。
ヒロミはニヤリと挑戦的な笑みを浮かべる。
「おぉ? やるかぁ、やるかぁ!?」
「……ふんっ、バーカ!」
メイはそれだけ言い、髪の毛の手入れを始めてしまう。ヒロミはつまらなさそうに口元を尖らせた。しかし、メイは先ほどよりも幾分か、感情が上向きになっているようだった。単に怒っているだけとも言えるが。
ちらりと入り口を見る。既にさっきの女生徒は見えなくなっていた。まぁいいか、と存外あっさりヒロミは訂正を諦めた。代わりに、
「メイ」
「なに」
バチコン、とメイの額でハデな音が鳴った。
「っ痛っだぁああああああ!? な、なにすんじゃぁああああっ!」
ヒロミは自分の中指にふぅと息を吹きかける。さながらガンマンの如く。
「べっつにー。ただまぁ、一つだけ。――ヒーローは約束を違えない」
「……けっ。まーた出たよヒーロー理論」
「ようするにだ。今年も、今日をお前にくれてやるよ」
メイはパシッとヒロミの二の腕に拳をぶつけた。
「バーカ」
クラスメイトの女子がもう一回サムズアップしていた。
今日は11月6日。ヒロミの誕生日だった。