豊璋王
安麻呂:「で。九州に到着するなり陛下が亡くなられます。」
大海人:「健康には自信のあるかたでありましたが、さすがに還暦過ぎた身体には長旅が堪えたことでありましょう。」
安麻呂:「普通に考えればそのまま兄上様が即位の運びとなられるのでありますが。」
大海人:「兄者としても、今天皇になるのは得策ではない。百済復興の実績を持って。の思惑もあったのかもしれません。」
安麻呂:「元首不在のまま、まず百済遺臣の要請に基づき百済太子であります豊璋王を伴った第1陣が派兵されます。」
大海人:「その時はまだ百済遺臣が踏ん張っていたこともあり、すんなり上陸の運びなったのだが……。」
安麻呂:「神輿として戴いた豊璋王様が……。」
大海人:「百済復興を果たすべく孤軍奮闘していた鬼室福信と対立してしまった……。」
安麻呂:「表向きは謀反の疑いがあって……。」
大海人:「これについては、兄者が安麻呂殿のご実家の件同様……。」
安麻呂:「……生き残ったもの勝ち……。」
大海人:「実際のところはどうだったか?と言うと。」
安麻呂:「まだ戦乱真っ只中で安定した地盤を確保出来ていない状況下にも関わらず。」
大海人:「長年。人質の如く扱われた反動からか。王らしい振る舞い。それも華やかな部分に憧れを持っていたのでありましょう。」
安麻呂:「『どこそこのような庭園を拵えろ。』や『あの名物を持って参れ。』『都に戻ることが出来るのはいつじゃ?』とか王としての待遇を求めるだけ求め。肝心の政務を顧みることは無く。」
大海人:「見兼ねた福信が豊璋王のことを思い
『百済が滅びた理由をご存知ですか?それは先代が政務を怠ったことにより民の心が離れてしまったからであります。私はそのような辛い思いを豊璋王様にさせてはならないと考えております。お願いでありますからお任せしております政務に力を注いでくださいませ。』
と再三再四に渡りの忠言に対し。」
安麻呂:「豊璋王様は福信のことを
『耳障りの悪いことばかり言って来るうるさい奴。家臣の分際で。』
と面白くは思っていなかったのかもしれませんな……。」
大海人:「とは言え、第2陣。第3陣と順調に派兵が進み、朝鮮半島南部が徐々に百済色に染まり始めたところで。」
安麻呂:「豊璋王様がキレた……。」
大海人:「我が国からの兵は=自分(豊璋王)の兵だ。とでも思ってしまったのか……。」
安麻呂:「長年。百済を離れていたこともあり、百済遺臣との折り合いがついていなかったのかもしれませんが。」
大海人:「百済滅亡から3年の間、踏ん張って来た福信を豊璋王は粛清してしまった……。」
安麻呂:「一応、豊璋王様は百済家臣に対し、福信の処遇について尋ねたのでありましたが……。」
大海人:「その状況下で福信の助命を嘆願出来るモノなどいないであろうし。」
安麻呂:「豊璋王様も帰還されて3年も経ちますと。」
大海人:「耳障りの良いことばかり言う取り巻きに囲まれていたであろうから。」
安麻呂:「滅亡以来。福信と共に苦楽を共にして来たモノは……。」
大海人:「遠ざけられていたか。既に粛清されていたか……。」
安麻呂:「歯止めが利かなくなった豊璋王様は不便な要害の地を捨て。」
大海人:「便利な地に下りて来ては新羅に追い払われ。次の便利な地に居を構えれば、また新羅に追いまくられ。を繰り返していく内に。」
安麻呂:「福信が苦労に苦労を重ね維持して来た朝鮮半島南部の地は縮小の一途を辿ることになります……。」
大海人:「百済の。正しくは豊璋王の体たらくを目の当たりにした我が国の兵士たちは……。」