なぜ大津に
安麻呂:「九州から瀬戸内の防衛体制を整備した兄上様は、大和に戻るや否や都を大津へ移転することを決意します。」
大海人:「もし九州の太宰の地を唐や新羅に奪われた。と仮定した場合、そこから瀬戸内海を伝って難波。更には大和川を遡って大和までの間に天然の要害となるものが何も無いことに加え、大和が西から侵入された場合の逃げ道が無いことが理由の1つ。」
安麻呂:「大津にしても淀川を通じ遡ることは可能ではありますが……。」
大海人:「仮に淀川を上って来たとしても本来、東からの勢力を防ぐための拠点である逢坂の隘路を使い唐・新羅勢力の駆逐を狙う。もしくは足止めさせ時間を稼ごうと考えていた。」
安麻呂:「時間を稼いでいる内に。」
大海人:「大津の背後に拡がる琵琶湖の水運をフルに活用し、関の外にある美濃や越の国へと落ち延びることも念頭に置いている。」
安麻呂:「その大津の手前。淀川流域に入植したのが。」
大海人:「旧百済の知識人階級。」
安麻呂:「これを見てもわかりますように。」
大海人:「兄は国内の既存勢力と必ずしも良好な関係では無かった。と……。」
安麻呂:「まぁこれまで行ってきた政策が行ってきた政策でありますので。」
大海人:「私有財産を全否定しましたからね……。」
安麻呂:「完全に……で無かったことが兄上様が大和の地を嫌がったことからもわかるのではありますが、とは言え国からのお墨付きが無い違法物件呼ばわりされて気分の良いものはおりません。」
大海人:「土地は全て国のモノとし、その代わりこれまで土地を所有していた勢力に対しては食封を。民には一代限りの土地を貸し与え、そこから税を徴収する。」
安麻呂:「故に我が蘇我氏は官僚となることを選択しました。」
大海人:「既得権益の打破と言う観点では成果を修めることが出来たのではあるが。」
安麻呂:「民が自らの手で新たな土地を開墾したところで全て国のモノ。次の代に渡すことは出来ない。」
大海人:「豪族は豪族で収入を増やすには、官僚として出世するしか術がない。」
安麻呂:「そうなりますと民は民で『どうせ頑張ったところで……。』となりますし。」
大海人:「官僚となった豪族は豪族で、限られたパイを奪い取るべく猟官活動に奔走するようになる。」
安麻呂:「その点、我が蘇我氏は恵まれた立場にあったわけでありますが。」
大海人:「本人の力ではどうすることも出来ない出自によって『上品に寒門なく下品に勢族無し』の状況になってしまう……。」
安麻呂:「そこに持って来ての百済からの渡来。」
大海人:「開発し尽くした感のある大和の地に彼らが入る場所は既に無かった。と……。」
安麻呂:「加えて彼らには、我らが持っていない土木の技術を有していたこともあり。」
大海人:「畿内とは言え、まだ手付かずとも言える淀川流域に活路を見出し。」
安麻呂:「唐・新羅に加え、兄上様のことを良く思っていない大和の諸勢力に対する先兵として彼らを用いることになった。」
大海人:「その結果が、大津への遷都であった。と……。」




