009 準備
「さてと」
トヨダ記念館の偵察を終えて、自室のドラフターの前に座る。隣のタブレット端末に小型カメラの映像とログ、センサー探査機のログを表示させておく。
通常の製図用紙をドラフターに取り付け、製図セットからペンを取り出してトヨダ記念館の間取り図を描き始める。
小型カメラのGPS機能を利用して、歩いた座標と図面をマッピングさせ、壁までの距離を計算し、後は記憶を頼りに間取りを完成させる。そこに展示されていた品々を書き込んでいき、全体の様子がわかるようにしておく。
小型カメラの映像を再生させ監視カメラの場所を把握、図面に書き込む。監視カメラの型番を調べ、レンズの焦点距離と画角より映像を映し出している範囲も併せて図面に書き込む。
次にセンサー探査機のログを確認する。ログからセンサーの場所、方向を図面に書き込んでいく。
図面が完成したところで一呼吸置く。テーブルに用意していたコーヒーを片手に図面を眺めながら今日見てきた展示品の品々を思い出す。
図面の入り口の書かれている箇所に視線を持っていき、順路に沿って視線を移動する。
途中、監視カメラの撮影範囲やセンサーの方向を遮りながら、今日見てきた内容を確認していく。
倉庫の中はどうなっているのか? それが一番知りたい内容だが、今日の偵察では全く情報が収集出来なかった。
コーヒーを飲み干し、作業に戻る。
次に作業をするのは監視カメラ対策。まず、監視カメラのレンズの画角に合わせたサイズの板を製図錬金術で作成する。そして、小型カメラの録画映像から警備員室にあった監視カメラの映像をトリミングして、画像データとして抽出する。抽出した画像データを先ほどの板にテクスチャマッピングを行い、写真のついた板を生成するようにする。これを全ての画像分用意しておく。
もう一つ、センサー対策も行う。記念館のセンサーは全て熱感知タイプだったので、対策は1種類のみ。製図錬金術でまたも板を生成する。今回はこの板にプログラミングを行う。板の周りの温度を感知する機能を組み込み、板の表面温度と周りの温度を常に同じにする制御プログラムを組み込む。
「ビルド」
先ほど作った2つの板の動作確認を行う。カメラ対策には画像付きの板を、センサーには温度調整付きの板で対抗する。
画像付きの板はビデオカメラの映像に合わせた画像が表面に定着している事を確認して、物質化を解除。次に温度調整付きの板を物質化させサーモグラフィで確認。少し時間を空けても板の部分の温度がまわりと同じになっている事を確認する。
「問題ないな」
最後は倉庫の鍵だ。3Dスキャナのデータを表示し、寸法を確認。DAシートに転写していく。
転写が完成し、物質化を行う。見た所は問題なし、鍵を開けられればそれでよいので物質化の時間も1分もあれば十分だろう。
「これでよしっと」
完成した図面をモバイルケースに収納し、ドラフターの周りを片付ける。
タブレット端末を手に取り、ゴーゴルウェブキャッシュの検索機能を利用して過去のトヨダ記念館のウェブサイトを表示させる。
記念館のお姉さん情報によると展示品の入れ替えの情報が載っているはずだ。前に記念館のウェブサイトを見たのは開いている時間を調べただけだったから気付かなかった。
ウェブサイトの更新履歴をキャッシュから順に見ていくと、展示品の入れ替えの内容をいくつか出てきた。定期的な入れ替えというほどではないが、大体半年くらいの期間で入れ替えを行っている様だ。
主な入れ替えはやはり、自動車がメイン。その後は自動車部品や会社の歴史に関わるような発明、特許技術の紹介するようなもの等。製図錬金術の事は一切、書かれていなかった。
ウェブではこの程度の情報になっしまうのは仕方ないか……。
トヨダ記念館の倉庫の警備体制、展示品の内容、入れ替えの情報など、総合して考えてみると、中にお宝がある可能性は低そうだ。
うーん、ここまでやっておいてなんだかなぁ~、と思いつつ、机に置いてある懇親会の案内が目に入る。
懇親会の日程、内容、当日のスケジュールが書かれた案内を手に取り、段取りを考える。裏面の地図と開催場所のホールの間取り図を見る。当日、出入り可能な通路と扉を確認し、移動する手順に沿って視線を動かす。視線が扉を出た所で、当日のスケジュールから行動可能な時間と戻りの時間を考慮して、作業時間を計算する。
「思ってたよりは時間があるな」
懇親会の終了時間が22時という事で、開催時間はかなり長い。その間に用事を済ませて戻ってくれば良い。
ふと、時計を見たら既に日付は変わっていた。
タブレットと案内を机の上に置き、ベッドに横たわる。
「仕事って……」
ここ最近、ベッドに横になる度に卒業後の事ばかり考えてしまう。
スーツを着て、人込みの波をかき分け、ぎゅうぎゅうの電車に揺られ、決まりきった事をこなし、疲れた体で帰宅するルーチンを繰り返す。たまには同僚と飲みに行くだろう、しかし大きくは変化しない。
なし崩し的に結局は就職する事になったが、そんな事を考えているからこそ身が入らない、仕事に就きたくないという気持ちが湧き上がってくる。
初めてビルドした時の感動、どんなものでも作れると思っていた時のワクワク感、そういうのが最近は薄れてきた。
が、じいちゃんの遺品整理がキッカケで心が一気にそっちに行ってしまったのは事実。
割り切るか……。
それしかないと自分に言い聞かせて、瞼を閉じた。