008 偵察
「いってきます」
リビングにいた親父に一声掛け、家を出る。
ドアから外に出ると、予想が外れ思いのほか日が出ていて暖かく、マフラーを外す事にした。
目的地までここからバス、電車を乗り継ぎ約1時間弱の行程だ。もちろん、行先はトヨダ記念館。トヨダ記念館はトヨダ本社の敷地内にある為、来年度からはこの行程が通勤経路となる。
トヨダの門の前に到着し、人気の無い敷地を進み、記念館の入り口まで足を進める。記念館の周辺は、業務で利用するビルがなく一般公開されていて、普通の服装で歩いていてても怪しまれない。人気も少なく、小道も整備されているのでランニングをする人がちらほらいる。
「ビルド」
小声で用意した図面の物質化を行う。今回、物質化したのは超小型カメラで、胸元に装着し360度映像を録画するようにしておく。もう一つはセンサーの出力を感知し場所と方向を割り出す装置だ。
扉の前に立つと自動扉が開き、中へ入る。
「いらっしゃいませ、こちらにお名前のご記入をお願い致します」
「はい」
中にいた受付のお姉さんに声を掛けられ、芳名帳に名前を書く。
「ごゆっくり、ご覧下さい。ご不明な点等、ございましたらお気軽にお声掛け下さい」
「はい、ありがとうございます」
周りを見回しても誰もいない。この寒い時期の週末にわざわざここに来るのは相当珍しい人間だろう。
順路に沿って進んで行くことにする。
はじめはトヨダの歴史の紹介。通路の壁には年表、創業者の写真が飾られ、当時の工場の様子などが紹介されている。
元々は自動車ではなく、織機の製造から始まり、自動車の製造へと移り変わっていく。そして、世界最大の自動車メーカーとなった後、日本の技術復興の為に開発した製図錬金術が紹介されている。
ゆっくりゆっくり、一つ一つ見て歩いて回る。が、目的はそれではない。一番の確認事項は警備システムだ。監視カメラの位置、方向、撮影範囲を細かくチェック。カメラとセンサー探査機が映像とログを保存している事を携帯デバイスで確認する。
カメラの位置は基本的には通路の端、人の出入りを監視するように設置されている。このあたりにセンサーはほとんど無く、部屋と部屋をつなぐ通路に温度感知センサーがあるのみ。
そのまま奥に進むと扉の先には体育館をイメージさせるような大きなドーム状のホールが現れる。
ここには創業時の織機や歴代の名車、様々な機械のカットモデルなどが展示してあり、奥には当時の様子や機械の仕組みなどの紹介映像を見ることが出来る。また、イベントにも利用できるように壇上も用意されてある。
歴史的な展示品も多く、カメラやセンサーがいたるところに張り巡らされているのがわかる。主に展示品の周囲を見張るように監視カメラが設置されている。センサーも展示品に触れようとすると反応するようになっている。センサーは全て熱感知タイプの様だ。
カメラ、センサーを確認しつつも展示品を見るように足を進めて行く。
ここからは製図錬金術の紹介だ。トヨダを中心として各文具メーカー、そして協力した会社、技術確立までの苦労話などを紹介している。試作のペンやシート、インクなどもある。おっ、じいちゃんの名前もあるぞ。
じいちゃんの話を知っているから、ここに書かれている内容は随分美化されているのがわかる。苦労話も成功すれば美談だな。
それにしても、製図錬金術が日本の製造業を他国が追い付けないほど一気に飛躍させた事は事実だが思いの外、紹介しているスペースが小さい。まぁ、本業は自動車製造だからか。
そのまま展示品を眺めながら足を進めて行くと、ドーム状の一番奥に扉がある。場所からいうと倉庫に通じてそうだ。近づいてみて何かあるかを確認することにした。
特別な様子は無く、監視カメラと熱感知センサーが設置されているのみ。この先にお宝があるのなら、もっと厳重な警備になっていてもおかしくないんだが……。もしくは中が厳重になっているのか……。
「ビルド」
小声で用意していた小型3Dスキャナを物質化する。
扉の近くの展示品を見るようにして扉に近づき、扉の前を通過する瞬間に鍵穴にスキャナを挿入してスキャン開始。
スキャンデータが携帯デバイスに送信されている事を確認し、物質化を解除しスキャナを消滅させる。
何食わぬ顔で展示品に近づいて、のぞき込む振りをして扉から離れる。
うーん、現状では判断がつかないな。一旦、ここは引くとしよう。
後は直接外へ出入り出来る大きな搬入扉が一つ。ここから自動車などの大型の展示品を出し入れするのだろう。扉の周りはさほど警備も少ない。
記念館の中を一通り回ったところで順路に沿って入口へ戻ってくる。
「ゆっくりご覧頂けましたか?」
受付のお姉さんが声を掛けてくる。そりゃ、暇そうだもんね。
「そうですね、昔の様子や歴代の名車が見れてとても良かったです。欲を言えば、トヨダ2000GTが見れたらよかったのですが……」
「申し訳ございません。トヨダ2000GTはあまりにも希少なため、一般公開はしておりません。」
「そうですか、それは残念です」
カモフラージュとして用意した設定、車好きになりすまして話をしてみた。
「その他、ご質問などありましたら、お聞き致します」
「あ、そうだ。ここの中のものって、今ここに出ているもので全部ですか?」
「いえ、奥の倉庫にはまだありますが、不定期に入れ替えを行っております。また、見に来て頂くためのちょっとした工夫ですが」
「そうなんですね」
「記念館のホームページをご覧頂くと、次回の入れ替えの時期や展示物の内容などを掲載しております」
「あー、そうだったんですね。事前に見ておけばよかった~」
「是非、ご覧下さい」
「教えて頂いて、ありがとうございます」
などと、適当なやりとりでその場をしのぎ、記念館を出る事にする。
「またのご来館、お待ちしております」
受付のお姉さんの丁寧な挨拶を背に、記念館の扉を抜ける。
次は周辺のチェックだ。
ゴーゴルマップで確認したところ、警備員室みたいのが横にあったはず。
記念館の沿いの道を進み、中で見た建物を様子をトレースしながら歩く。
その先に警備員室らしきものを発見し、小屋の窓口の前まで移動する。
「はい、何か用ですか?」
窓口の前に立つと既に定年退職したであろう年齢の物腰柔らかい警備員さんが窓を開けて声を掛けてきた。
「すみません、トヨダ精工のビルはどちらの方になりますか? 地図などあるとわかりやすいんですが……」
これも事前に用意しておいた質問だ。
「ちょっと待ってね」
警備員が部屋の奥に戻る間、少し首を前に出し、警備員室の中の様子をカメラに収める。見たところ、監視カメラは門の出入り口、近くのビルの様子に加え、記念館の中も映しているようだ。定期的に切り替わる映像をしっかりと小型カメラがとらえている事だろう。
「はいはい、お待たせ。これが敷地内の地図だよ」
「すみません」
「えーと、ここが今いる所で、こっちの道を進むと、トヨダ精工のビルだよ」
地図を指差ししながら道を教えてくれる。
「なるほど、こっちでしたか。ありがとうございます」
目的でも何でもないビルの方向に足を向け歩き出す。警備員室から見えなくなった所で記念館の裏手に回り、倉庫への入り口になるような場所は無いかを確認する。
大きな搬入口は外から見ても特に目立った警備はなし。倉庫と思われる所の壁には搬入口となるような扉やシャッターなどは存在しなかった。という事は倉庫への搬入は記念館の中からのみという事か。
周囲を確認したと同時に中のサイズから倉庫のおおよそのサイズを確認する。思ってたよりも小さい。さっき、お姉さんが言っていたように展示品が収納されている様だが、想像より少なそうだ。
周辺の様子も全てカメラ、センサー探査機に収め、次は懇親会が行われるホールへと向かう。
記念館からホールへ通じる小道を進み、距離や途中の監視カメラ、センサーの存在をチェックする。
ホール前に到着し、入り口周辺へと向かう。
ホールの入り口にはカメラがあったがセンサーはなし。途中の小道にもカメラ、センサーはない。
その後、ホールの周辺を軽く一周して一通り確認した後、トヨダの敷地を後にした。
随分と歩き回ったせいか、日が昇っているせいか、駅に着くころにはコートを脱いで体温調節をする事になった。