007 勝負?
終業後のホームルームも終わり、仲の良い友人とのおしゃべり、帰る準備をする音、教室を出ていく足音で教室内は騒がしくなっていく。
一人、身支度を終え教室を出て門へ向かう。
途中、頭の中で週末のスケジュールを確認し、空いている時間を探す。とは言っても、買い物くらいでほとんど予定は入ってないので問題なし。トヨダ記念館へ向かう予定を立てていく。朝起きる時間、出発の準備と時間、交通手段、到着予定時刻、滞在時間などをシミュレートする。そして最後は、記念館の中でする事をまとめ上げていく。
「やぁ、ユウト!」
「ん?」
門の手前で聞きなれた声がかかる。振り向いた先には、クリスが手をあげていた。
クリスは取り巻きの女子生徒に一言入れ、こちらに近づいてきた。
「なんだ?」
「いやぁ、ユウト。そろそろ話をしようと思っててね。丁度良かったよ」
「話ってなんだよ。今更何もないだろ?」
「そんな事はないさ」
「で、要件は?」
クリスが髪をかき上げ、一呼吸おいてから話を切り出してきた。
「今は今年の後期試験も終了して序列が確定した状態だ。君が1位、ボクは2位。これはもう覆す事ができない。そこでだ、このボクに最後にチャンスをくれないか?」
「なんだよ、最後にって。おおげさだなぁ」
「そう、今度の卒業発表会で勝負といかないか? もちろん、卒業発表会でという事はルールはわかるよね?」
もちろん、聞かなくてもルールはわかる。
学園の年に1度の名物となっている卒業発表会。毎年、卒業生が1年間かけて製図錬金術を用いて作品を制作し、発表する。そこまではどこにでもある教育機関と変わらないだろう。だが、この学園には最後にとんでもないイベントが待っている。それは、卒業生の図面のオークションだ。このオークションには様々な業界から重鎮やVIPが参加する。元々は学園の技術力を見せる為だけだったそうだが、途中からコレクション的な価値を求めた参加者が売却を迫ったのがオークションの始まりと聞いている。
「あー、わかるぜ。点数なんかよりももっと直観的な数値だからな」
そう、勝負とはオークションの売値での勝敗を決めるというものだ。もちろん高額なほうが勝ちということ。
「さすが、話が早い。もちろん受けてくれるね?」
「まぁ、まて。で、何が目的だ? 序列1位の座か?」
「目的は二つ。一つ目はもちろん勝負に勝ったことによる、君より上であることの証明……」
序列ではなく、勝敗の証明か。
「もう一つは、ユリをもらう……」
は? 何言ってんだこいつ。ってか、悠理は俺のモノでも何でもないんだが。
「おいおい、俺のものでもなんでもないんだから、好きにしたらいいんじゃないか?」
クリスは冬の寒さで透き通るような空を見上げ、もう一呼吸をおいて、再度こちらに目を向ける。
「ボクはね、こう見えても理解しているつもりなんだよ!」
なんだ? いきなり、迫力のある真顔で近づいてきた。
「ユリが向いている方向はボクではなく、ユウト、君であることをね!」
クリスの立てた人差し指が眉間の前に現れる。まさに、ビシッ!とでも音が鳴るようだ。
「序列1位に君臨し続け、この6年間、この学園では君を超えるものは誰もいなかった。その座を引きずり降ろし、ユリにふさわしい人間にボクはなる!」
おいおい、なんかすごい事に言ってるなぁ。ある意味怖ぇよ。
「とは言ってもなぁ。悠理がどう言うかなぁ」
「いやいや、ボクはユリの気持ちではなく、君にあきらめてもらいたいのさ」
「あきらめるって……。別に何もないんだけど……」
「何だい? 勝つ自信がないのかい?」
あからさまな煽りだな。悠理には悪いがいっちょ乗ってやるか。
「ああ、いいぜ、もし俺が勝ったら?」
「もちろん、ユリは君のものだ」
い、いや、勝手に言われてもな……。悠理の気持ちは蔑ろでいいのか? ま、いいや。
「という事は、クリスがあきらめるという事だな」
「そうだね、そうなる」
「まぁ、腑に落ちない部分はあるが、いいだろう」
「決まりだね。当日は楽しみにしているよ、じゃぁ」
クリスは踵を返し、右手をあげて去っていく。
すぐさま、取り巻きの女子数人に囲まれ、そのまま門を出ていった。
「悠理が聞いたら怒るだろうな……」
そんなつぶやきをしたのが悪かったのか、その言葉はすぐに現実のものとなる。
☆☆☆
クリスとの勝負が決まった日の夜、ベッドに寝転がり天井を見ながら今後の事を考えていた。
「就職か……」
学園に入ったからには当たり前だと思うが、就職して即戦力になるというのに身が入らないのも事実。
ピピピッ!ピピピッ!
考え事を遮るように携帯デバイスの着信音が部屋の中に響く。面倒くさいと思いつつも、放置するともっとうるさいので手を伸ばし電話にでる。
「もしもし」
「優斗っ!! どういう事よーーっ!」
電話を取った瞬間、着信音よりうるさい怒鳴り声がスピーカーから聞こえてきた。
「さっき、聞いたわよ!! クリスとの勝負の賞品が私だって!! というか物扱いするなっての! ふざけないでよね!」
うーん、思ったより伝わるのが早かったな……。
「まぁ、挑まれた勝負が受けて立つのが男ってもんだろ?」
「なーにが『もんだろ?』じゃないわよ! ってかアンタが負けたら私はクリスの恋人になるって事よ! 優斗はどうなのよ? 私がクリスの恋人になっても何とも思わないのっ?!」
「あ、いや、そういうわけじゃ……」
「ど、ど、どうなのよ?」
「あ、えっと、大丈夫、絶対に負けないから……」
「絶対なんて無いっ!! そんなの信じられない! どーしてくれるのよ!」
「まぁ、大丈夫だって」
「何よ! もう!」
ブチッ!
唐突に会話が途切れる。そりゃ、根拠の無い『大丈夫』なんて信用できないのは仕方がない。
まぁ、こうなる事はわかってたからな。また、これを口実にまたフルーツパフェをおごる日が来るのだろうか……。
そんな事を考えながらベッドに戻り、明日に備える事にした。