006 午後の授業風景
「よし、今日の午後の授業は卒業制作の続きだ。発表会まで日が無いぞ。気合い入れていけよ」
始業のチャイムと同時に担任の山下が活を入れる。
動かす指に合わせてペン先が走る。軌道に合わせて用紙とこすれる音が発生すると同時に線が描かれていく。
ドラフターを操作する音、ペンを持ち替える音、イレイサーをこする音が響く空間の中で時間が過ぎていく。
--製図錬金術とは……。
専用の製図ペン、用紙、インクで設計図を描き、動作をプログラムして書き込み、それをビルドする事により現実に物質を生成する技術。プログラムに利用できる言語はパソコンのプログラムと同じ言語が使われている。最初はC言語で作られた技術だが、時代は進み現在の主流言語はオブジェクト指向を取り入れたJava、C#、国産の言語でもあるRubyがよく使われている。言語による差は少ないが自分に合った言語を使うことにより効率的な製図錬金術を施すことが可能だ。製図の精度、プログラミング処理効率によりビルド後の物質化の時間が決定される。物質化の時間を少しでも延長できるように、より高精度な製図パターンの開発、効率的な言語ライブラリの開発も製図錬金術師の仕事の内となる。縮尺を変えて製図を行う事により、大きなものから目に見えない小さなものまで物質化できるのも特徴で、主に製品などの試作に利用される。実用以外でも芸術的な事にも利用され、イベントなどのオブジェや飾りものなども生成する事がある--
途中、周りを見渡すと山下にアドバイスを聞く者、友人同士で図面を見せ合う者、必死に取り組む者、マイペースで取り組む者、既に完成しているのか、ペンを置いている者もいる。
その中でも少し気になる存在に目を向ける。
学園の序列2位のクリスだ。普段とは違い、神経を張り巡らしたかのような指先、丁寧な軌道、揺るぎない思いが伝わるような真剣な眼差し、集中しているのがこっちまで伝わってくる。その姿を見て、彼が学園の序列2位まで登ることができたのも頷ける。序列2位になってから3年経っているが、俺がいなければ史上最速での序列1位になれただろう。実力は折り紙付きだ。
そういえば以前、製図中のクリスに話かけた女子生徒がクリスを怒らせたことがあったな。クリスは慌ててフォローを入れたが、それほど真剣だったのだろう。それ以来、製図中のクリスには誰も話しかけなくなった。
その向こうでは、悠理が額に汗を滲ませ、一心不乱にペンを動かしている。今でこそ序列3位だが、ここまで来るには必死に努力したのだろう。前年度の後期ランキング発表で上級生を抜かし、3位になった時の喜びようはすごかったな。人生で最高の喜びって感じだった。
姉御肌な性格、見た目も相成って男女両方から人気がある。クラブ活動にも精を出し、今は引退したがテニス部の主将も務めていたはず。学園内ではいつも周りに人が絶えない、そんな存在だ。誰も近寄ってこない俺とは大違いだな。あ、悠理ぐらいか……、寄ってくるのは。
そんな二人を見た後、俺も自分の作業に戻る。
ドラフターに固定されたシートに使い慣れたグラフギアのペン先を当てる。スケールに這わせて丁寧に軌道を描く。点と点を結び、角度を合わせ、次の点を結ぶ。これまで何千、いや何万、何十万と引いてきた軌道だ。
線がつなぎ終わると一つのパーツが描きあがる。墨入れに持ち替え、もう一度同じ軌道を這わせる。そしてパーツを指定し、プログラミングを行う。パーツにIDを振り、ライブラリを呼び出し、動作を決める。全てのパーツを組み合わせれば設計は完成。その後、ビルドして物質化を行う。
だが、卒業制作ということもあり、誰もビルドは行わない。発表会当日まで誰もが秘密にしておきたいものだとは、ここにいる全員が理解している。
午後の授業がぶっ通しで卒業制作に充てられ、今日一日の終業のチャイムが鳴り響く。
専用のモバイルケースに一式を収納し、ドラフターを片付ける。製図錬金術師の命ともいえる製図用品はこの専用のモバイルケースに収納することにより非常に小さくなり、ポケットに収まるサイズとなる。
「ん、うーん……」
両手を揚げて、凝り固まった体を延ばす。
「そういえばさぁ、優斗の卒業制作って何? ほかの皆に比べてものすごい量を描いているよね?」
俺の製図を見ていたのか、悠理が話かけてきた。
「あー、時計だよ」
「時計? 時計でそんなにも? もっと少なくてもできるんじゃないの?」
「縮尺、かなり拡大してるから、多く見えるだけだって」
「ほんと? 無理しちゃって。間に合うの?」
「もちろん、間に合わせるよ。提出できなかったら意味ないしな。悠理は?」
「顕微鏡だよ。やっぱり、就職先のこともあるし、これからのことも考えてね」
「あー、そういえば、就職先は医療機器メーカーだったな」
「そうそう。細胞の発見、新薬の開発、臨床試験、自分の作った製品が皆の役に立つってエンジニア冥利に尽きるね。ウンウン」
悠理は腕組みしながなら自分の卒業制作に満足のいく様子だ。
「へー」
「見てなさいよ。びっくりさせてあげるから楽しみにしててよね!」
「そりゃ、楽しみにしているわ」
「なによ~。全然楽しみにしているように聞こえないけどぉ。どちらかというと面倒くせぇって感じに聞こえる」
う、なんだ、鋭いな。その通りだが……。
「がんばれよ。じゃな」
「ハイハイ、頑張りますよ。じゃね~」
整理した荷物を抱え、席を立つ。