003 呼び出し
この時期、12年生にとっては就職先も決まり、最終テストも終わり、後は卒業するだけ。となると授業に身が入らないのは当然の事である。
退屈な一日を終える終業のチャイムが鳴り響くと同時に大きく伸びをした。
「八神、この後職員室に来るように」
担任の山下が、教壇の上から連絡を告げる。いつもなら悪態の一つでも付きつつ返事をするが、今回ばかりは心当たりがおおいにあるので仕方がないと諦めて返事をする。
「はい」
その後、帰宅の準備も済ませ、カバンを手に取り職員室に向かう。
女子の輪の中にいる悠理と一瞬、目があったがこれから起こる出来事を思い浮かべたのであろう、すぐにニヤケ顔になった。
余裕な態度を見せつけ、教室を出て職員室に向かう。教室から職員室までの距離がやけに長く感じたが、気のせいだろう。
職員室の扉を開けて、中に入る。
「失礼します」
中を見渡すと視線が集中しているのが分かる。その中でも、特に強い視線を出しているのが、部屋の奥、12年生の担任の机が集まる席にいる担任の山下だ。
視線をたぐり寄せるかのように山下の席に向かう。席のすぐに近くまで歩き、山下が声を掛けてくる。
「隣に行こうか」
「はい」
山下に連れられ、隣の部屋に入る。
応接室として使われるこの部屋は小さなテーブルを挟んで向かい合わせをする形でソファが配置されている。
奥のソファに座るように促され、腰を掛けると同時に向かいのソファに山下が座る。
「ここに呼ばれた理由は分かってるか?」
勿論、分かっているがとぼけるのはよした方が良さそうだ。
「わかっています」
正直に答えると、
「そうか、心置きなくいけるな……」
「っ?」
何を言っているのか分からなかったが、その次の瞬間、
「ばっかもんがぁーっ!!!!」
「……」
全身の毛穴が開いたというのはまさにこの事だろう。一気に身体の体温が下がった様に感じる。こうなるのは分かっていたが、ここまで一喝されたのは初めてだ。
「明日、朝7時半に正門に来い。勿論、制服でだ、わかったか」
「……。はい」
「わかったなら、いい。帰っていいぞ。遅れるなよ」
担任の山下はまだ中年というにはまだ若い教師だが、こういう口数が少ない昔堅木な所がある。ガツンと来るがネバネバと後に引かないところが生徒からも好かれているのが分かる。
「失礼しました」
扉の前で一礼し、部屋を出た。
「ほぅら、やっぱりぃ」
ニヤケた顔でこっちを見て声を掛けてきたのは悠理だ。
「凄かったね~。先生の」
「まぁな。一度、受けるといいぞ。遊園地の絶叫マシーンなんか相手にならいくらいだ」
「私はイイコなんで受ける機会はアリマセン」
「ふーん」
「クリスの占い、当たったねぇ」
「知るかよ。たまたまだろ?」
「あらぁ? 負け惜しみ?」
「勝手にどうぞ。帰るわ」
「帰るって、どこにぃ?」
「勿論、家に……。あっ!」
昨日、親父から勘当されていた事を今になって思い出し、歩き出した足が止まる。
「そうでしょう、そうなるよねぇ?」
「イチイチ、嫌な言い方するなぁ」
「私がいないと困るんじゃないの?」
「……」
今日一日、この件に関して全く手を打っていなかった事を後悔する。
悠理が鞄から携帯デバイスを取り出し
「さっき、お母さんから連絡があったわ。裕馬おじさんにICキーが使える様にお願いしてくれてたんだって。お母さんに感謝してね」
「流石、千里さん。本当、助かる。ありがとうって伝えて」
「リョーカイ。じゃ、皆とデザート食べに行く約束してるから」
「ありがとな。わざわざ、待たせて」
「直ぐに出て来たからいいよ。まぁ、レストランのフルーツパフェで手を打つよ」
「オイ!」
「じゃね~」
反論するヒマも与えず、悠理は足早に去っていく。
今日、これからの寝泊まりを考えずに済んだのは確かなので、素直に感謝する事に。しかし、よりによって、学園内のレストランで一番高いスイーツを指定しくるとは……。
気を取り直し、家路に就く事にする。
☆☆☆☆☆
「ただいま」
それほど大きくもない声で、家に着いた事を報告する。が、しかし返事はない。返事が無い事を分かっていても欠かさず毎日している。
リビングのテレビ台の上に置いてあるフォトビューアがセンサーで感知し、自動で写真を表示させる。
学園の入学式の時に校門前で撮った家族三人の写真が映し出される。この写真が家族三人で写っている最後の写真だ。
嬉しそうに写っている母さんはもういない。俺が学園に入学後、持病が悪化し、入院。その後も体調は回復せず、そのまま息を引き取った。
それまでは家に帰って「ただいま」と声を掛ければ、「おかえり」と返事がくるのが当たり前だと思っていた。母さんが入院した後も直ぐに退院すると思っていた。が、それは実現しなかった。
いつまでも母親の死に納得出来ていないだけだと理解している。出来なかった反抗期という訳ではないが、ささやかな反抗だと思っている。
自分の部屋に入り、荷物を片づけてベッドに腰掛ける。ふと、机の上に放置されている古ぼけた手帳が目に入った。今回の一連の元となったじいちゃんの手帳だ。なんとなく手帳を手に取り、パラパラとページをめくる。
じいちゃんが死んでからしばらく経つが、何故か先週末に親父から遺品整理を頼まれたのがキッカケだ。
不動産などはとっくに処理済みだが身の回り品がまだ多く残っていた。中には製図錬金術に関する貴重な資料と思われるものもあった。その中で、目を引いたのがこの手帳だ。デバイスが進化して、ほとんど手書きで書く事が無くなった現代とはいえ、じいちゃんは昔から手書きの手帳をよく使っていたらしい。
手帳をめくっていくと、無地のページに書いてある内容を見て思わず声をあげそうになった。
そこには研究段階であろう、まるで魔法と見間違うような製図錬金術がリストアップされている。その内、3つに丸が付けられている。後ろのページにその3つの技術のメーカーと試作品のテストする日程が書かれており、後に実施された事がわかる。残念ながらテストの結果は書かれていなかったが、その後のスケジュールで複数回、名前が出てくる事を見る限り、進んでいた様だ。
手帳はこの一冊だけで他に無く、その後はどうなったか分からない。莫大な利益を産む製図錬金術の貴重な資料なだけに何者かに盜まれてもおかしくない。
この手帳を手元に残し、他の遺品は整理して親父に引き渡した。
手帳を机の引き出しにしまい、代わりにもう一つの遺品を取り出す。
傷だらけのメタルボディにすり減ったローレット加工、消え掛かった文字で『ベんてるDAグラフギア』と書かれた一本の製図錬金術用ペンだ。
ベんてるは製図錬金術の産みの企業の一つであり、DAペンの製造ではトップメーカーであり、じいちゃんが在籍していた企業でもある。
じいちゃんは在籍中にトヨダの出資を受け、製図錬金術を開発し日本の技術向上に大きく貢献した。そんなじいちゃんを見てだろうか、親父も俺も同じ製図錬金術師の道に進む事になった。
俺が学園の序列一位をとった時にはとても喜んでくれて、お祝いにとこのペンを贈ってくれた。
ペンを持ち上げ、ドラフターの上に置いてあるDAシートに軽く、試し書きをする。見た目は使い古されたペンだが、持った瞬間に手に馴染み、重さを感じさせない。まさにいつまで書いていられると感じさせる不思議なペンだ。
ペンを引出しに仕舞い、飲み物を取りにキッチンへ向かう。
ドリンクを片手にリビングのソファへ向かう途中、玄関の扉が開く音が耳に入る。
ソファに座りドリンクに口をつけたところで親父がリビングへ入ってきた。
「おかえり」
一声掛けると、
「優斗か。お前の事だから意地になって帰って来ないと思っていたが」
「うーん、いつもならそうかも。昨日、今日で頭が冷えたかな」
「そうか、聞き分けがいいじゃないか。明日は雨だな」
「明日は朝早くに呼び出されてるから雨はやだなぁー」
「呼び出し? どこに行くんだ?」
「トヨダに決まってるだろ」
半ばふてくされた表情から親父は全てを理解し、諭すように話す。
「お前の軽率な行動がどれくらい人に迷惑を掛けているか考えたか? そして、助けてくれた人に感謝しているか? 自分の行動に責任が取れるか? そこが分からないうちはまだまだだな」
「……」
言い返す言葉が無い。勿論、反省しているし、感謝もしている。だがそんな事をここで言っても、それは違うという事くらい分かる。
「久しぶりに飯でも食いに行くか」
少し間が空き、気不味い雰囲気を解消するかのように親父が話題を変えた。
「あ、あぁ」
「良し、ほら行くぞ」
半ば強引に連れ出される様に、親父と夕食を食べる事となった。
駅前の居酒屋で夕食というのはイマイチだったが、親父は上機嫌で酒を呑み、事あるごとに「社会ってのはなぁ~」と大人の世界を見せつけてきた。
はたから見れば、新社会人と社会の厳しさを教えるその上司という関係にしか見えないだろう。酒を一滴も飲んでいないシラフの俺からすれば迷惑なだけだったが、親父の気分を損ねる事はせず、最後まで付き合った。
家に着いてシャワーを浴び、朝早い明日に備えていつもより早くベッドに入る事にした。
「また明日も面倒くさそうだ……」
一声、悪態をついて、目を閉じた。