002 学園
「何時まで寝てるのよ。遅刻するわよ!」
瞬時に既に時間の余裕が無い事を理解し、体を起こして扉へ向かう。
扉を開けると悠理が学園の荷物を持って立っていた。悠理は既に支度は完了している様で制服に着替え、髪もセットが済んでいる。良く見ると学校の荷物が二人分ある。
「はいこれ、制服と荷物。お母さんがさっき裕馬おじさんの所から持って来てくれたよ。準備が出来たらリビングに来て、ご飯出来てるよ」
「あ、ありがと」
悠理から荷物を受け取り、身支度を済ませて直ぐに、リビングに向かう。
ダイニングテーブルに並ぶ朝食が目に入る。一般家庭ではなく、まるでカフェに朝食を食べに来たのかと間違えるくらいお洒落に並んでいる。
「こっちよ」
悠理が誘導してくれた席に座ると奥から千里さんがオレンジジュースを運んで来てくれた。
「おはよう、優斗くん」
「おはようございます。荷物ありがとうございます」
「いいのよ。それくらい」
「親父、何か言ってました?」
「『どうせ、そんな事だろうと思ってた』って。子供のする事なんて親にはバレバレね」
「すみません……」
「朝食、足りなかったら言ってね。まだあるから」
「ありがとうございます。頂きます」
カフェ気分を味わえるとはいえ、あまりゆっくりはしてはいられない。足早に朝食を済ませる事にした。一足早く朝食を済ませた悠理が登校の準備を始めた。時間を確認すると遅刻ギリギリの時間はもうすぐだ。
「ごちそうさまでした」
「おかわりは大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
悠理に続いて準備を始めると、横で見ていた千里さんがからかってきた。
「あらぁ、二人で並んで登校なんて、久しぶりじゃない」
「そ、そうね。久しぶりね」
「そろそろいい年なんだし、二人で歩いていたらカップルと思われるんじゃない?」
「そ、そ、そ、そんな事ないわよ」
「何言ってるのお似合いじゃないの?」
「だ、だ、誰がお似合い? 優斗と?」
「他に誰がいるの?」
「な、なんでこんなのと……」
「こんなので悪かったな」
散々な言われ様に一応ツッコミは入れておくことに。
「あらぁ? 悠理には優斗くんはもったいなかったかしら?」
「自慢じゃないけどね、これでも学園では人気あるんだからねっ! 優斗にこそ、私なんてもったいないわよ!」
「あらあら、そうだったのぉ?」
一通り悠理をからかって満足したのか、千里さんはすんなりと引き下がる。
「もぅ! いってくるね」
「ありがとうございました。いってきます」
「優斗くんならいつでも歓迎よ。いってらっしゃい」
千里さんへお礼をして、悠理と二人で学園へ向かった。
悠理と家を出てから約1時間弱、バスと電車を乗り継ぎ、学園へと到着した。
出発する前、千里さんに言われた内容を気にしているのか、悠理はこちらが話掛けても、素っ気ない返事しか返さず、話が続かなかった。
無言のまま歩き続け、学園の立派な門が近づいてくる。
――かつて技術大国といわれた日本は21世紀に入り、人口の減少とコストの上昇など、急激に競争力を失い、他国に抜かれていくことになる。技術大国日本の再建を目指し、様々な企業と国が協力し多くの技術が生み出される。その中でも一際目立ったのが、国内最大手自動車メーカーのトヨダを筆頭に文具メーカーと開発した製図の図面から物質を生成する技術だ。後に製図錬金術(DraftingAlchemy)と呼ばれるこの技術は、ほぼ無の状態から様々な物質を生み出す事が可能で、製造業の根底を覆したと言ってもよい。それまでは商品開発に多大な資材が必要だった所が一気に商品のサンプルを作り出す事が出来、開発コストの低減、期間の短縮と様々な利点をもたらした。そのお陰で、日本は他国に比べ技術力に圧倒的な差をつけて、再度、日本の製品が世界中を席巻する事となる。
現在、この製図錬金術は日本が独占しており、製図錬金術を持つ製図錬金術師は国の管理下に置かれ、安易に他国の利益になる様な行為は許されない。その為、他国から膨大な批判を浴びているが、どの国も日本の製品無くしては経済を維持できない程で、日本は強気の姿勢を崩していない。
その製図錬金術師を育成する為の専門の学校がこの国立製図錬金術学園(DraftingAlchemyAcademy:通称DAA)だ。
学園は小中高一貫の12年制を採用しており、就学前に適正検査を通過した者のみ入学出来る。幼少期から基礎を見につけ、卒業時には即戦力になる事を義務付けられる。卒業後は世界中の企業からオファーを受ける事となり、就職先は選び放題である。日本中から入学志願者が集まり、今では超が付くほどの狭き門になっている――
道中、少し急いだお陰か、余裕は無いが始業の時間までには十分な時間に門をくぐることが出来た。
「ユリ!」
門をくぐった直後、校舎へと続く道の真ん中で声が掛かる。
「今日、この瞬間、君に会えた事はまさに奇跡。君の美貌の前ではこの薔薇でさえも霞んでしまいそうだ」
振り向いた悠理も前に一輪の薔薇を差し出し、キザな台詞を口にする男が現われる。
「クリスぅ。いい加減にしてよね」
悠理が邪険そうに返事をすると、
「本当の事を言っているだけだよ、ユリ。学園のプリンセス、序列3位の君に相応しいのは序列2位であるこのボク、クリス・アインシュタインただ一人」
横にいる俺を差し置いて、悠理に声を掛けている男はクリス・アインシュタイン。青い瞳に金色の髪、そして誰もが認めるイケメンのこの男は悠理が大変お気に入りの様だ。学園では貴公子と呼ばれ、女子からの莫大な人気をを獲得している。
製図錬金術の独占による世界中のから批判を受け、批判回避の一つとして例外的に海外からの入学者を受け入れたのがこのクリスである。卒業後も日本に居住するなど多くの条件が課せられていると聞いている。
「もう~」
よくもまぁ、色んな台詞が出てくるものだと関心しているが、悠理にとっては迷惑な様だ。
「これはこれは我が学園の皇帝、ユウトではありませんか。今日は二人で?」
悠理のつれない返事を聞いて今更俺に話を振ってくるとは……。
「まぁ、朝、一緒になったからな」
「そうか、カイザーが一緒なら仕方ありませんね。今日は一旦、引くとします」
「いや、何か、勘違いする様な表現は止めてくれよ」
この皇帝という呼び名は正直なところ、あまり気に入っていない。名付け親は目の前のいるクリスだ。
学園の序列は1年間の前期と後期、それぞれの期末試験の結果によって決定される。序列は学年別ではなく、全員が1位から順に設定される。基本的には上位を高学年生が独占するが、まれ上級生よりも優秀な者が上位に名を連ねる事がある。当然、首席の座は12年生が着くのが当たり前だが、何度か11年生が着いた事がある。
そんな中、俺は7年生から6年間、首席の座に着いている。勿論、前例が無い状態であり、一時期はお祭り騒ぎになったし、噂は一気に広まって、企業からひっきりなしに連絡が来るという状態が長く続いたらしい。長い間、首席の座に君臨しているという事から皇帝の名前が付けられる事となる。今では、名前よりも広まっているのではと思う程だ。
クリスはひと呼吸おいた後、こちらに向かって、
「ユウト、残念ながら今日の君の運勢はあまり良くない様だ。では、see you, yuri」
クリスは去り際に悠理にウィンクし、踵を返して校舎へと向かっていった。その姿は直ぐに、彼のファンであろう女子に囲まれて見えなくなった。
「相変わらずだな」
「もう、シツコイのよねぇ」
「ハッキリ言ってやれよ」
「何回も言ってるわよ」
「そうか……。それにしても最後は負け惜しみか?」
「どうかなぁ? でも彼の占いは良く当たるんだって。女子の間でも凄い評判よ」
「ふーん、占いなんて信じないけどね。今日の運勢なんて、一人一人全然違うし、たかが10かそこらのパターンに当てはまってる訳がないし」
「見も蓋も無い事を言うわね」
「おー、その口が言うねぇ。昨日は散々言ってたと思うけど~」
「うるさいわね。早く行くわよ」
「あ、逃げた」
都合が悪いといつもこれだ。本当、女ってのは~……。なんて、世の女性を敵にまわす様な発言は控えるべきか。
先に教室に入った悠理の後に続いて、中に入ると同時に始業のチャイムがなり響く。