013 卒業発表会 下級生の来場
始業のチャイムが鳴ったと同時に展示場の入り口付近が騒がしくなってきているのがわかる。
「はーい。それでは、一列に並んでゆっくりと進みながら進むのよ」
学園の女性教師の掛け声が響く。
卒業発表会恒例の下級生による展示品の観覧の開始だ。
卒業生は各ブースに待機し、自分の作品を下級生に紹介したり、質問に答えたりして忙しい時間を過ごす事となる。
この下級生の観覧は、必ず1学年から順に行われる。理由は上級生になればなるほど、ブースの滞在時間が長くなるからだ。学園の序列制度がある以上、上級生になればなるほど序列の上位に上がる事の重要性を痛感する。そして、隙あらば上級生への下剋上を果たそうとギラついている事だろう。
とはいえ、このブースは展示場の一番奥、すぐにはやってこないだろう。
展示場のあちらこちらから騒がしくなり、もうすぐ下級生の波が押し寄せて来るのがわかる。
「しゅごーい」
「お~~」
近くのブースではまだ幼児か、それとほとんど変わらないであろう1学年の生徒たちが溢れかえっている。
時折、下級生の声に混じってクリスや悠理の声がかすかに聞こえる。
やはり、悠理やクリスの作品を見て驚いているのか……。
「はいはいーい、次は最後のブース、学園序列1位のブースよ」
1学年の担任であろう女性教師が生徒の波を引き連れてこちらにやってくる。
「おー、カイザーだ!」
「カイザー!」
「カイザー」
ちょ、名前……。というか、先生も名前言ってないしヒドくね?
だが、ここはガマン……。子供相手に切れるというのは程度が知れる。
「これ、なぁーに?」
まだ、ブカブカの学園の制服を纏い、不思議そうな目で作品を見て、指をさしながら小さな女の子が聞いてきた。
「これはね。時計だよ」
「とけい?」
「ん~、見た事無かったかな? 懐中時計って言って、普段はポケットの中に入れておいて、時間が知りたいときに出して見るんだよ」
「時間、わかんない」
はは、そうだよね。中身が透けて見えてて針も細くて見辛いしね。
「んじゃ、手に取ってみる?」
「いいのっ?!」
俺の問い掛けを聞いた途端、喜びと興味が混じったキラキラした目をした笑顔を見て、つい嬉しくなってしまった。
ケースの物質化をキャンセルし、時計を取り出す。
「あっ、気を付けて持ちなさいね」
先生、気を使ってくれてありがとう。でも、何回でも物質化出来るから壊れてもいいんだよ。
「はーい」
「はい、しっかり持ってね」
先生の言いつけを諭す様に繰り返して、小さな手のひらで作られたお皿の上に懐中時計をそっと置いた。
「うわぁあ~、きれーい」
小さな後輩は時計の文字盤の奥に吸い込まれるかの様に、顔を近づけて覗き込んだ。
「あ、いいなぁ、次、オレ!」
「オレも!」
「わたしも!」
それを見ていた他の生徒たちもこぞって、前に出てくる。
「はいはいーい、順番に並びなさい。順番に!」
先生の注意に他の生徒たちは渋々並び、順番を待つ事となった。
一列に並んだ下級生を順番に迎え、一人一人に時計を渡す。
「わぁ~」
「きれいだね~」
一人一人、懐中時計の中を覗き込んだり、光に当てて透かして見たりと小さいながら試行錯誤して作品を見ている様だ。
1学年生のクラス全員が一通り見た所で、担任の先生が全員に声を掛ける。
「はい、みんな~。しっかり見れたかな? 卒業生のお兄さん、お姉さんの作品を見て勉強できたかな?」
「「は~い」」
「はい、よろしい。では、教室に戻りますよ」
1学年生たちは担任の先生に連れられ、教室へと戻っていった。
と、休憩したいところだが、間を空かずに次の波が押し寄せて来る。
同じように、一人一人、手渡しで作品を見てもらい、その感想を聞いていく。
学年が進むに当たってだんだんと作品の見方が凝ってくる。
中には自分で物質化したのであろう、ルーペや記録用の道具などを持っている学生もいた。
次々と押し寄せて来る下級生グループの波も順にさばいていき、残すは最後の一人となった。
「はい、どうぞ」
今までと同じように、手に持った懐中時計を渡そうとする。
だが、目の前の少女はすぐに受け取らず、何か恥ずかしげな様子だ。
「ん? いいのかな?」
俺の問い掛けに、
「あ、いえ、ぜ、是非、お願いします」
少女はうつ向いていた顔を上げ、こっちを見ながら急いで回答を絞り出した。
「じゃあ、はいどうぞ」
彼女の小さな手のひらのお椀に懐中時計をそっと載せる。
「……」
彼女が懐中時計を一心不乱に見つめ続けている。
「まぁ、最後だからゆっくりと見てもいいよ」
「あ、は、はい」
というもの彼女はいろんな角度から見ることもなく、道具を取り出して調べる事もなく、ただただ懐中時計の中心部、その一点を見続けている。
いつまでも続くかのように見続けていた彼女を遮る様に2時間目の終了のチャイムが鳴り響く。
それを聞いて我に戻ったのか、彼女は急いで視線をこちらに戻した。
「あ、もう、こんな時間……」
「どうだったかな?」
「あ、あの。こ、この度は八神サマの作品に触れる事、、が、出来て、大変うれしく……」
ん? 八神「サマ」? どういう呼び方だ?
「あ、いや、そんな大した事ないよ」
「た、大変、き、貴重な、さ、作品を……。あ、ありがとうございました!」
彼女は腰まで下げた頭を勢いよく上げ、こちらを見ずに踵を返して出口へと向かっていった。
下級生が全員退室した所で、作品を戻してセットし直す。
質問に答えたりしてのどが渇いてきたので、食堂に向かう事にする。
「ふう、やっと終わったわね~」
悠理が軽く伸びをしながらこちらに向かってきた。
「優斗、どうだった?」
「どうって言われてな……。まぁまぁ、かな」
「えー、そんな反応で大丈夫なの? ほら、『すごーい』とか『さすが~』とかなかったの?」
「うーん、まぁ『きれい』とかはあったけどな」
「は~、それだけ~。私の今後が掛かってるのよ!」
「あ、あぁ」
「もう、しっかりしてよね!」
「うっ」
バンッ! と背中を叩かれ休憩の為、食堂へと二人で向かっていった。