001 大目玉
小説専用のエディタを開発するべく、小説を書くには何が必要か、どんな機能があればよいかを模索する為、自分でも小説を書いてみました。初執筆作品につき、指摘、アドバイス等があればご指導いただければと思います。よろしくお願いします。
「ばっかじゃないのっ!」
開口一番、俺への罵倒が飛んでくる。
「わかってるのっ! 天下のトヨダの主席採用者よっ! しゅ・せ・きっ! この口は何を言っとるのかねっ!」
彼女の両手が手前に伸びてきたと気付いた時には既に両頬に痛みが走る。
「はひぃ。ほのくひがひってますぅ」
などと、適当な返事もつねられたままの口ではまともに返事が出来ない。
「ほんっと! 信じられないっ!」
頬の痛みが緩和されたとはいえ、まだ残る痺れを押さえながら反論のひとつでも返そうと思う矢先、槍の雨かと思う程の追い討ちの言葉が降ってきた。
「トヨダは製図錬金術の産みの企業で、今や世界の頂点に君臨する超々々々々々大企業なのよっ! 学園の生徒なら誰もが入りたい会社でしょうがっ! それも主席採用者はその年で世界で一人! その主席採用者が内定を辞退ぃぃっ! どぅーゆぅー事よっ!! 聞いた事ない! 前代未聞よ! ずぇったい、バチが当たるわよ。はぁ、はぁ。あー、声出し過ぎて疲れたっ」
そう言うと彼女は腰を降ろしていたベッドから立ち上がりテーブルの上に置かれていたガラスのタンブラーを持ち上げ、中のお茶を一気に飲み干した。
「はー、生き返るぅ。ってアンタのせいで疲れた、マヂで」
バンっ! と勢い良くテーブルに置かれたタンブラーの発する音が彼女の怒り具合を的確に表現している。
そのままタンブラーと同じように勢い良くベッドに座り込むと栗色がかった長い髪がふわりと舞上がる。髪が重力に従って元の位置に戻ると同時に敵意剥き出しの眼差しがこちらに向かって来るのが分かる。
目の前で俺を睨み付けているのは立花悠理。家が隣同士、いわゆる幼なじみという関係だ。
部屋は暖房が効いているとはいえ、薄手のキャミソールにショートパンツというカッコでベットの上で足に手を置き大股で胡座をかいている。どう見ても俺を男と思ってないか、自分が女だという事を忘れているとしか思えない姿をしている。
「さぁーて、理由を聞こうじゃないの。そんだけの事をしたんだから、海より深くて空より広ぉーい、壮大な理由があるんでしょうねぇ」
人差し指を突きつけられ、彼女の顔が徐々に近づいてくるが同じ速度で後退りし距離を一定に保つ事に専念する。
が、すぐに背中に当たる感触がそれ以上下がる事が出来ないと知らせてくれる。
「さぁ! じっくり聞かせて貰うわよ」
ジリジリと近づいてくる指先を凝視しながら唾を飲み込み、諦めて口を開く事にする。
「い、いや、さー。なんて言うかなー、やりたいことができたっつうか……」
「はぁん?!」
「いや、だからさぁ」
「だから何なのよ!」
「た、旅に出ようかなって」
「旅って、なんの目的ぃ!?」
「まぁ目的はあるんだけどさ、ちょっと……」
「言わないとは言わせないわよ」
理由を言うつもりは無かったがさらに近づいてくる悠理の顔のプレッシャーに負けて観念する。
「じ、実は、製図錬金術師にとっては目指すべきお宝ってのがあるんだけどさ」
「お、お宝ぁ? なんなのよ。まさか、探しに行こうってんじゃないわよね?!」
「そのまさか。ってか、正解!」
一瞬の沈黙の後、悠理の身体が小刻みに震えているのが分かる。ヤバイと思い、咄嗟に身構えた。
「な、な、なにがお宝なのよ! そんなのあるか分からないし、見つからないかもしれないし、あってもどんなのか分からないし、探すって言ったってお金も無いし、仕事まで放棄したらお金も稼げないし、時間だけあっても仕方ないし、無い無い尽くしだし!」
マシンガンの如く、放出される否定的なワードを受流し、反論する。
「ま、一応有るのは分かってるし、見つかるかは分からないけど、どんなのかは分かってるし、お金は製図錬金術でなんとかなると思うし、時間は一番欲しいけど、無い無い尽くしって程ではないんだけどな」
「はぁー、なんで優斗の考えって何時もこうなの!? 私にはわっかんないっ!」
呆れたのか、悠理は視線を一度、下に下げ、ベッドに向かった。勢い良くベッドに腰掛けると、大きなため息と共に小さくつぶやく。
「はぁ、もうほんっとうに知らないわよ」
「ま、まぁ、なんとかなるさ」
悠理は自分のタンブラーに手を伸ばしたがお茶が空になっている事に気付き、そのまま俺のタンブラーを取り上げ、残りのお茶を飲み干した。
ここでそのお茶の所有権を主張するのは野暮だという事は理解している。
ひと呼吸おいた後、静かに悠理が口を開ける。
「何処で知ったの? そのお宝って、どんなの?」
この質問は予測していたが、ここでは話さないと決めていた。全く分からないと答えると、何を言われるか分からないので、小出しにする事にしていた。
「製図錬金術で作製された物質が術者の力量によって固定化出来る時間が違うだろ? その時間を無限に伸ばせる」
「えっ?! そんな事できるの?」
「まぁな、何せ、じいちゃんが研究やってたみたいだし」
「へぇー、優斗のおじいちゃんがやってたの? うーん、それなら有りそうかも」
「まあな」
「でも、なんで優斗のおじいちゃんは公表しなかったの? 皆が出来れば凄い事だと思うけど」
至極当然の疑問だろう。
俺の祖父、八神克比古が製図錬金術を確立してから30年、長年かけて技術の向上により、固定化の時間を大幅に延ばす事が出来るようになったが、精巧な図面を描いても一週間が限界だろう。長期間の固定化が出来れば商品開発の域を超えて実用化も可能だ。
「まだ、実験段階だったんだろ。こんな大風呂敷を拡げて出来ませんじゃ、カッコ悪いって」
「研究なの?」
「そう、でも道具が揃わないと実験すら出来ない」
「それがお宝って事ね」
「そそ、っていうわけさ」
「ふーん、これから先どうするの? 卒業も近いし、何か良いプランでも考えてるの?」
「いや、なーんも、あっ!」
口に出した瞬間にマズイと理解したが、時既に遅し。
「何が『なーんも』なのよ!! ちょっとは考えてから行動しなさいよ!! 何も無いのに内定辞退ぃ!! 馬鹿!! 今ならまだ間に合うわ! さ、早く辞退を取り消しに行きなさいよ!」
この勢い、まさに烈火の如く。修羅と化した悠理の前では言い訳するのも許されない。
「いや、もう後には引けない」
「何で?」
「いや、さぁ、親父に話したらさぁ、えーと、カンドーだっけ? 『この親不孝者が! さっさと出て行け!』ってさー」
「はぁ~?! そうなるの当たり前でしょ?! 優斗が悪いんだから」
「まぁ、そうなんだけど……。という事で、今日泊めてくんない?」
「っざけるな!! このうら若き、か弱い乙女が年頃の男子と部屋を同じにして一夜を過ごす訳ないでしょうが!!」
どう見ても口から出た形容詞が目の前の姿を表しているとは思えないが……。
「おわっ!」
後ろ襟を掴まれ、シャツがめくり上がる。
「さっさと出ていきなさい!!」
引きずられ身体が部屋の外へ出た所で扉が勢い良く閉まる。これも自業自得だと言い聞かせて退散するか、と考えていた所に、
「あらら、優斗くん。来てたの? 大丈夫?」
背中から優しく声がかかり振り向くと、この家の主である立花千里さんが丁度、玄関から家に入るところだった。ビジネススーツを着こなし、ショルダーバッグを肩に掛ている姿から会社の帰りだろう。
「はは、大丈夫です」
「また、悠理に何かされた?」
「あ、いや、悪いのはこっちなんで」
「あら、そうなのぉ」
と、やりとりをしていると千里さんの帰りに気付いたのか、部屋の扉が開き、中から顔が現われる。その表情はまだ怒りが収まってないのが分かるほどだ。
「聞いてよ! 優斗がトヨダの内定を辞退したのよ!アリエナイ! よねっ!」
その言葉を聞いた千里さんの顔が驚きの表情に変わる。
「えっ? 今日、内定辞退の連絡があったとは聞いていたけど、まさか優斗くんだったの?」
「えぇ、まぁ、そうなんです」
トヨダの社長秘書であり秘書課課長である千里さんの耳には既に入っているとは思っていたが、名前までは伝わっていなかったようだ。
「流石にそれは、前代未聞ね」
「でしょー!! だよね! ホント、どうかしてるわよ!」
「何か理由はあるのかしら?」
「いや、そんなことは……」
「宝探しするんだって! それも製図錬金術の! しかも裕馬おじさんから勘当されたって」
「あ、いや、その」
千里さんは宝物と聞いて一瞬だけ、驚きの表情を見せたが直ぐに、落ち着いて口をあける。
「内定辞退の話は私が一旦、預かるわ。あなたの様な優秀な製図錬金術師を手放すなんてウチの会社にとっても大きな損失ね。八神さんには明日、私が話しておくから、今日はうちに泊まって行きなさい。悠理、空いている部屋を準備してあげて」
「はぁ~い」
悠理は納得のいかないとばかりの返事で答えると、部屋へ向かった。
部屋の準備が出来るまでの少しの間、廊下で待つに。と思った矢先、扉が開き、声を掛けられる。
「出来たわよ」
「ありがと」
一声掛けて中へ入る。
普段、使われていない部屋というのにしっかりと掃除も行き届き、ベッドも直ぐ使える状態で、何時でも客人をもてなす準備をしていたという事が判る。
部屋の奥にあるベッドに腰掛け一息着く。
「悠理の家に泊まるのは久しぶりだな」
「そうね」
「前はいつだっけ?」
「たしか、5年の時だったかな」
「そっかぁ、もう7年も前かぁ」
「……」
「あの時はー、確か、そう、おもちゃの車を構築して、縮尺を間違えてドデカイのが出て来て危うく家を潰しそうになったんだっけ」
「……」
「もうそんな前かぁ~」
「……」
「製図錬金術に慣れてきて、好き勝手に色んな物作って遊んでたよなぁ」
「ねぇ」
「ン?」
「もう一度聞くけど、これからどうするの?」
悠理は壁にもたれて、俯き、視線を合わせず質問を投げかけてきた。どうやら、昔を懐かしんでいたのは俺だけだったようだ。
「そうだな、内定辞退の話は一旦、千里さん預かりになったけど、就職するか分からないな。ただ、諦めないけどね」
悠理はもたれていた壁から体を話し、向き直して再度、質問投げかけてきた。
「仕事しながらじゃ、ダメなの?」
「ダメじゃないが、両立は難しいな。そっちに身が入らないと思うし……」
「……」
「また、千里さんと話して決めるよ」
「私もその話、参加するからね!」
「なんでだよ。関係ないし」
「関係ない事ないっ!」
ドンッ!
悠理は勢い良く扉を閉め、部屋を出た。閉まる扉の音はまるで話はここまで、と言わんばりだ。
悠理が部屋を出た後、ベッドに潜り込み、身を委ねると疲れのせいか、睡魔が襲って来たのが解る。あえて抵抗せず、ここは何も考えず、眠る事にした。