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 教団の手によって、マージョリー・マガツの葬儀がしめやかに執り行われた。

 まだ馬鹿馬鹿しい殺害容疑が晴れたわけではないので、魔術によって姿を変えなければいけなかったけれど、僕も一般の参列者に紛れてみた。

 マージョリーの遺体は硝子の棺に入れられて、ごく低温で保存されていた。

 彼女の遺体は埋葬されることなく、教団の財産として管理されることになるのだという。

 白い百合を一輪、彼女の死を嘆く人たちに倣って捧げる間、僕ははじめて彼女の実体を伴った姿を見た。


 だけど、そこにあったのはただの肉体だ。


 彼女の魂は……命を捧げて人々を守ろうとした心は、意志は、ここにはない。どこにもない。

 だけど、もしもあのとき。

 何もかも忘れて、海市を救うということも、自分自身を救うということも、ほかの全てを投げ捨てて、マージョリーと二人で生きて行くということを選んでいたら、彼女や僕はどうしていただろう、どうなっていたんだろうと考えた。

 それは根拠のない夢想だけど、それはそれで幸福だったのではないかなと思う。

 痛みや苦しみや後悔に立ち向かわず、自分自身の弱さに甘えて、すべて他の幸福なもので覆い隠して生きていく未来だ。

 そのことに思いを馳せたとき、マージョリーがここにいないことが悲しく思えた。彼女が勇気を奮い立たせなければ、彼女が弱い自分で、過去を嘆いて生きていくだけの生を選び取ったなら……今も、彼女は。たくさんの命と引き換えに、彼女ただひとりだけは。



 僕がいる現在は、ありもしない未来とありもしない過去でできている。



 そのあと、街の様子を見て歩いた。

 新聞や雑誌の表紙、行きかう人々の噂話は忙しい。なんでなのか皆目理解できないが、僕たちを散々打ちのめしたあのお騒がせ公姫、キヤラ・アガルマトライトは未だに大人気な存在だし、そして《竜卵》の攻撃の直撃を何故、避けられたのかという最も熱いニュースが世間を賑わせている。

 あの日、海市の空を覆ったオーロラが、マージョリー・マガツのものであることは、じきにありとあらゆる研究機関で解析されるだろう。《竜卵》の直撃下に天藍と数名の学院の生徒、そして僕がいたことも、口さがない人々の話の種になるだろうことは想像に難くない。

 街頭のモニタに《魔術学院》や《校内戦》の映像が流れ、コメンテーターが《血と勇気の祭典》の歴史を解説しているのを横目に、通り過ぎる。


 向かい側から女性が歩いてきたので、当然の行動として脇に避ける。


 女性はまだ暑いというのに、チェックのコートと帽子、茶色のタイトスカート、ブーツにサングラスという出で立ちだった。

 隣を通り過ぎる瞬間、すかさず彼女は僕の側に詰めてきて、腕を取って微笑んだ。

 帽子の下から、一筋、桃色の髪の毛の束が落ちた。


「んふふ♪ わ・た・し。わたしよ」

「……キヤラ、何してるんだ?」


 サングラスの向こうで、オレンジ色の明るい瞳がこっちを見てる。

 藍銅公姫キヤラ・アガルマトライトの唐突な登場だ。

 あまり、驚かなかった。

 またどこかでこんな風に会うような気はしてたし、彼女はいつも突然、理解不能な理由で現れる。

 キヤラは僕と腕を組んでるふうを装いながら、ぐいぐい引っ張り気味で街路を歩いていく。


「そろそろ藍銅にもどろうかしら、と思って。お別れを言いにきたの♪ あとね、三大魔女の誰かが未来をひとつ、吹き飛ばしたでしょ♪ それで少し変わっちゃってると思うの。まあそんなの私的にはどうでもいいんだけど、ホラ、どうせなら三人全員にいっぺんに会ったほうがお得ってカンジじゃな~い?」

「意味がわからない……」

「マージョリー・マガツにはお悔やみを言っとくわ♪」

「どうして僕に?」

「何故かしら? リリアンちゃんにでも訊いてみたりする? しちゃう~?」


 僕は口を曲げる。

 実を言うと、この通りの先は(ユルシ)通りへと続いている。ウィクトル商会がある通りだ。

 とはいえ、三大魔女が言うことが理解可能だったことはない。

 彼女はカマをかけてるだけかもしれない。

 あるいは、この会話自体が何かの罠だって可能性もある。

 僕は慎重に歩きながら話をした。歩く方にも話す方にも慎重さを必要としていた。

 何か少しでも間違えたら、いきなり殺されないとも限らない。


 どこかの店先で、ずっと同じ音楽が流れていた。

 雑音まじりの、古い音源だ。ボーカルは女の人の声。異世界人がきいても、どこか古めかしい骨董品みたいな音だった。


 運命がわたしを選んだのなら、

 わたしは貴方にさらわれてもいい。

 選ばれたのが、あなただったら……。


 恋の歌だ。キヤラがあの忌まわしい《血と勇気の祭典》の最後に歌ったのは、この曲のアレンジだ。だからなんだ、っていう話だけど。


「……君は、ほんとに僕に殺されたかったの?」


 思いついて僕が訊ねると、彼女は答えた。


「大丈夫よ、貴方の運命は私じゃない。マージョリーでもないけれど」

「運命なんてとても信じてる風には見えないね」

「信じてるわ。あなたの杖、気がついてる?」


 意味のわからない返答だ。

 僕は金杖を見下ろした。


「ん?」


 杖の様子がおかしい。

 オルドルの金杖は、派手な色を除けばものすごくシンプルだ。

 丸い輪っかに十字の頭がないやつがくっついた形。

 それから繋がった鎖のところに、原典や小さくなった金鹿の魔術書があるはずだけど、無い。かわりに金色の八芒星が下がっていた。


「なんだこれ!?」

「……じゃね。もう行くわ」


 クスクス笑いの気配だけを残して、キヤラの姿がかき消える。

 シロネが目覚めて彼女を守ったのだ。

 街はいつも通りで、どこにも彼女の姿はない。

 シロネの姿も、同じく見当たらない。

 僕の戸惑いは宙ぶらりんのまま。


『帰ろうヨ』


 水筒からオルドルが言う。


「駄目だよ。これから行くところがあるんだから」


 思わぬ横やりが入ったが、僕が向かっているのは隠すまでもなくウィクトル商会だ。


 クヨウ捜査官の鬼のような着信の合間に、方解法律事務所から連絡が入っていた。馬鹿みたいに気乗りしなかったが、掛け直すと事務をしているという女性が出た。彼女が言うには、ウィクトル商会が一方的に訴訟を取り下げたというのだ。

 ウィクトル商会の件のことはリブラに相談していたから、リブラを介してシキミに依頼が行っていたんだろうと思う。

 シキミがまだ僕に関する仕事を続けるつもりだったことについては、純粋に驚く。

 彼は自分の復讐にルビアを利用したことと、その結果何が起きたのか、闇に葬るつもりでいる。僕は事の顛末というものを知っているが、正義の味方面して糾弾する気にもなれない。

 何度考えても、結論はいつも同じだ。

 そうしたところで、彼が受ける罰は結果に対してあまりにも小さなものだろう。

 


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