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星の灯、君が浮かべる月よりあかるく 竜鱗騎士と読書する魔術師3  作者: 実里晶
第3話 星の灯、君が浮かべる月よりあかるく
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32 けいかくのはじまりにしておわり



 自分で言ったことだけど、終わるときは呆気ない。あまりにも呆気なくて、誰にも止められない。

 僕は今、尖晶クガイの魂が指先から抜けて去って行くのを震えながら見ている。

 その死は人のものではなく、あきらかに魔人のものだった。遺体は手も顔も真っ黒に染まり、表情も何もかもを覆い尽くして、そして風に崩れてぼろぼろになって、砂粒になり、消えていく。

 本当に跡形もなく消えていくんだ。

 それは尖晶クガイの意志によって繋ぎ止められていた呪いが形を無くして、この世界に戻っていくかのようだった。

 彼がそこに存在していたという痕跡すら留めおくことができなかった。気がつけばあれほど派手に振りまいたヘドロみたいなのも消えていて、いつも通りの風景がそこにある。


 これがマージョリーが僕の体を使ってやりたかったことか?

 なぜ? なんのために?


 僕は怒っていた。

 本当はわかっている。

 僕はこう言いたいんだ。


 マージョリー、君のせいだ。

 君がこんなわけのわからないことさえしなければ。

 彼女はそんな僕の感情を正確にトレースする。オルドルみたいに。いや、オルドルよりも深く思考に食い込んでくる。


『だけど、こうしなければ、魔人はサカキを殺していたんだよ。サカキだけじゃない。学院のひとたちにも少なくない犠牲がでてしまっていたのよ。そして、あなたはその痛みにはたえられない』


 そうなるかどうかなんて、誰にもわからないじゃないか。


『いいえ、必ずそうなる』


 君には未来が見えているから、確かにそうだと言えるだろう。仕方ないと納得もできる。

 だけど普通の人間に未来は見えない。過去や現在でさえ曖昧だ。

 だから……。本当はそうじゃないんじゃないかと後悔する。未来にはもっと希望があったんじゃないかと期待する。

 そうすることをやめられない。

 少なくとも僕にはやめられない。

 だから傷つく。三大魔女には決してわからない愚かな感情だ。


『ツバキ、わたしの千里眼にも限界はあるの。いいえ、未来の大きさがわたしの力を凌駕している、と言ったほうがただしい。あなたが言うとおり、魔人が生き残る未来も、たしかにあったのよ。尖晶クガイのホムンクルスが生き残り、サカキが生存する未来の分岐もたしかにあった……』


 マージョリーが自分の力について話すのはこれが初めてだった。

 未来が複数あることも、マージョリーが予見する未来はひとつではない、というのも、初めて聞いた話だ。

 最初に出会った頃の彼女は幼稚で、感情的で、力任せだった。だけど今の彼女は急速に成長し、理性的に話をしている。


『だけど、その未来には()()()がない』


 その先がない、ってどういう意味?


『説明できない。未来についてわたしが話せば、分岐がかわってしまう可能性があるから。だから今まで話せなかったの。あなたには役目があるってこと』


 役目?


『星条アマレからあなたに、そして、尖晶クガイのホムンクルスからあなたにゆずられた役目があるの。だからいまは信じて、立って。おねがい……。あなたには役目がある』


 僕の思考を完璧に読む彼女の声は、どこか必死で、焦っていた。信じて、と言う言葉の切ない響きは、かつての薔薇の乙女を思い出させる。

 そのとき、甲高い警告音が四十奏になって鳴り響いた。

 発生源は上着のカフスからだ。


「マスター・ヒナガ、《竜卵》が起動した。数分後に発射体勢に入る!」


 ナツメが言う。

 なぜ、こんなときに。

 そう思いはしたが、もともと竜のやることだ。人の都合に構ってはくれない。

 はやくここから逃げて、ナツメと協力し、イチゲたちを手近なシェルターに放り込まないといけない。理性はそう告げているのに、僕の行動は違っていた。


「みんなを連れて学院へ行け! 僕にはやることがある!」


 これは、僕の意志じゃない。

 僕の唇を借り、マージョリーが勝手に言ってるんだ。


 何してるんだ、マージョリー?


 無理やり彼女は僕を立ち上がらせる。

 もう一歩も、どこにも行きたくないと、失意に悲鳴を上げている体を引きずっていく。ナツメは戸惑っていたようだが、イチゲは身動きできず、ヒギリも限界だ。僕のことまで構ってる余裕は彼女にはない。

 逆に、マージョリーの意図せぬ行動のせいで、僕にも彼女たちを気遣っている余裕はなかった。


『ここではだめ……っ!! もっと人のいないところに!!』


 体は重たい。僕の意志が拒絶しているというより、僕には一切、手足を動かそうという意志がない。


 何度考えても、何故なのかがわからない。

 僕が会話した尖晶クガイは、多少理解不能な面があったとはいえ、人としての意志と感情を持っていた。こんなところでこんな死を迎えるのが相応しいとはとても言えない。なのに、何故こんなことに。


 堂々巡りの思考が、《生存》を投げやりにする。呪いの影に串刺しにされた体から血があふれ出ても、最早どうとも思わない。


 マージョリーは必死に重たい僕の体を引きずりながら、後ろを振り返る。

 呆然として、行動を決めかねているナツメのその向こうに公園の木々と、背の高い建築物の群れが見える。

 多くはオフィスビルだ。マージョリーの瞳は硝子張りの美しいビルディングから、こちらの方角に目を凝らしている就業中の人々を映していた。戦闘が見えたために集まっていたのだろう。みんな、竜卵のせいで仕事を休んで避難していると思っていたが、まだ働いている人たちもいたのだ。

 オガルから渡されたタブレット端末を起動すると、周辺の地図が表示される。

 周囲にはいくつかの複合商業施設がある。託児所や学校もある。

 それらを確認すると、マージョリーはタブレットを捨てた。

 何かの覚悟を決めて。

 青海文書の力を通じて、僕にも彼女の感情がかすかに感じられる。

 それはちりちりと思考の端を焼く焦燥と、そして覚悟だ。

 この感情を、僕は知っている。

 言葉にするなら、それは。


 守りたい、だ。


 魔人の脅威は排除した。今後クガイのホムンクルスが誰かを傷つけることはない。だとしたら、何から、誰のことを……?

 そう考えたとき、ようやく彼女の思考の片鱗が見えた気がした。 今現在、僕らを取り巻いている脅威は、ひとつずつ剥がれて行って残るところひとつしかない。

 それも、巨大すぎるひとつだ。

 しかし、それはあまりにも荒唐無稽すぎる思考で、口に出すのがはばかられた。けれど、口ごもってる時間がおしい。


「もしかして、君は……まさかとは思うけど、竜の攻撃から人々を守ろうとしてるの……?」

『気がつくのが遅いよ、遅すぎるよツバキくん』


 マージョリーはもどかしげに言う。

 彼女はひたすら体を引きずりながら歩き、商業ビルから離れた海べりまでやって来た。


『ここなら被害を最小限に食い止められる……』

「待て。止めるって、僕が!?」

『そうだよ。マージョリーと、あなた。それ以外にだれがいるの? わたしたちで、あれを止めるの!』


 とんでもない話で、にわかには信じ難い。


「そのために死んで、僕に乗り移った……ってこと? いや。それ以前に、攻撃がここを……海市を狙うって何故わかるんだ!?」

『竜卵の攻撃はランダムで、未来予知でも軌道予測できない。だからこそ、あなたが必要だった。そして魔人にしんでもらうしかなかった。星条アマレにも……。だって、あなただから』

「僕が? どうして僕なんだ!?」

『それは、説明できない』

「そんな無茶苦茶な!! 何も理解できないのに、あんな魔術に対抗しろっていうのか!?」


 オルドルは自分自身を万能の天才と言ってはばからないが、以前ニュースで見た竜卵の攻撃は規格外過ぎて、どうみても対処のしようがない。

 オルドルの魔術の代償は僕の肉体だ。それはマージョリーが引き起こした魔術であっても変わらない。逆に言えば、肉体によって支払えない魔術は使えない。


『それでも、あなたでなければならないの。あなたの中に《角》があるから……。父親の血によって受け継いだ魔力が《角》の性質をあなたに運んだから。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 今度こそ本当に、二度と立てなくなるかと思った。


『あなたの父親は、間違いなく異世界に運ばれた尖晶クガイ、その人なんだよ』


 しばらく、酸欠の魚みたいに、口を開けたまま言葉を探していた。

 リリアンの言っていたことを思い出す。

 ウィクトル商会の収蔵庫にある特別な品は、相続によって引き継がれる。

 

《貴方は、不幸を招き寄せやすい。びっくりするような事件や事故が、身の周りに頻発するでしょう。銀華竜やキヤラのこともそう》


《これは、あなたが何者なのかという話なのです》


 冷酷な声音で、でもそれは、今思えば本質を突いていたのだ。

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