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星の灯、君が浮かべる月よりあかるく 竜鱗騎士と読書する魔術師3  作者: 実里晶
第3話 星の灯、君が浮かべる月よりあかるく
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8 魔人跋扈



 アラームの発生源は普通科の特別教室だった。

 プリムラは飛べなければ速くもないオガルを乗せてホウキに跨り、その後を僕とリリアンが疾走する。リリアンが僕たちに遅れをとることはなかった。彼女は野を駆ける小鹿の如く軽快に走る。確かに人間離れした走りだ。

 被服室と書かれたその部屋の真ん中に、黒い影と脅える手芸部の部員たちがいた。


「貴方たち、何故こんなところにいるんですの!」


 プリムラの引きつった声音は、叱責というより悲鳴に近かった。

 生徒たちは救援がきたことを悟り、涙目でこちらを振り返る。

 授業と授業の合間の空き時間に数人が集まって製作していたようだ。周囲にはトルソーと着せかけられた作り途中の服が散らばってる。

 ただ、僕らが到着したからといってすぐさま事態が好転するわけではない。

 被服室には禍々しい黒い空気が立ち込め、黒く汚れた天井からしずくのように垂れ落ちてくる。


「何です、あれは……。酷く呪われているようですけれど」


 これが初見のプリムラは気持ち悪そうに言う。

 確かにかなり元凶に近いところにはいるわけだが、コイツに関して説明責任があるのは別の人物だ。


「僭越ながらご説明申し上げますと、あの者はウィクトル商会の商品の《断片》なのです。幻獣に呪われ、人の形さえ忘れたモノ。迅速に回収しなければ、災厄をもたらすことになるでしょう」

「ですから何故、ウィクトル商会の品物が学院であんな汚物を撒き散らしてるんです?」

「もはや原因を追究している段階ではありませんし、この件には《学院》を舞台とすべきいくつかの要因が絡んでいるのです。マスター・ヒナガ、これを」


 横合いから、リリアンが銀色の小さな筒を差し出した。

 というか押し付けてきた。

 ルビアの事件で使った魔術の触媒だ。


「もしかして、僕に捕まえろってか!」

「それが最適かと。触媒を使えば、代償は少なくより高い効果が得られるはず。さあお早く」

「ウィクトル商会が責任を取るって発想はないのか!? 《昔々、ここは偉大な魔法の国》!」


 空中に放った銀の筒が急成長し、蔦となって魔人に向かう。

 ただし魔人は攻撃を読み切っていた。そして最悪の手段を取った。

 ヤツは傍らにしゃがみこんだ女子生徒を無造作に掴むと、持ち上げてこちらに突き出してきたのだ。最低だけど、超お手軽に入手可能な人の盾だ。


「やばい!」


 串刺しにするつもりで放った魔術はそう簡単には停まらない。

 しかし銀の蔦は少女の手前で急速に方向を変えて、床を砕いた。

 間一髪で、上空から降り注いだ氷の刃が、きわめて物理的な働きかけで僕の魔術の向きを変えたのだ。

 助かった。それはオルドルの魔術と同時に放たれていた、マスター・オガルの水の魔術だった。

 すっかり忘れてたが、菫青家の跡取りであるオガルはオルドルと似たような魔術が使えるのだ。しかも魔力のほかは代償なしに。


「マスター・オガル、ついでに、あの奥の鏡を狙って!」


 僕は、星が飾られたオガルの杖の向きを魔人が現れたであろう鏡に向けた。


「そんな、性急な!」

「敵は待ってちゃくれないよっ!」


 窮地は脱したが、それは一時的なものだ。

 最悪なことはいつだって自動的に最新のバージョンへと更新されていくものだ。

 マスター・オガルの周囲に、鋭い氷の矢がいくつも形成されていく。

 それと同時に魔人の周囲に黒い影が集まりはじめ、水のように液状化し、さらに凍結して矢を形作りはじめた。


 魔眼による《模倣》が起きたのだ。


 連綿と伝わる水の魔術を知るのは、それを受け継いできたオガルの家系だけ

のはず。それを目の前で見せつけられているオガルは狼狽に近い表情だ。


「私と同じ魔術を……なぜ、どうやって!?」

「後で説明するから、とにかくやって! 守りは僕が!」


 放たれた二色の氷の刃が空中でぶつかりあう。オルドルが金属製の盾を急速展開し、漏れ出た刃を弾く。

 それと同時に僕も走る。オガルもプリムラも魔術は上手いが、この混乱した戦いの場で動けるのは僕だけだ。刃のいくつかが服を破っていくが、気にしてはいられない。スライディングで滑りこみ、金杖を思いっきり鏡に叩きつけた。


 これで、逃げ道は塞いだはず!


 しかし、だからといって魔人が諦めるとか、そういう都合のいい展開は起こらない。

 振り返ると魔人は全身から黒い雷を放っていた。

 僕はこういうとき、非常に察しがいい。

 だ

から、すぐに気がついた。

 あれはやばい。


「《竜鱗魔術》だ!! 逃げろっ!」


 竜鱗魔術は僕やオガルたちが使う人間製の魔術とはちがう。

 発動した瞬間、室内が闇に満ちた。黄水ヒギリの魔術が発動したとき、爆雷の白い閃光で全てを染め上げるのと、ちょうど真反対の現象が起きているのだ。

 そして魔人の体が魔術によって撃ち出される。

 障害物の何もかも、コンクリの壁をもなぎ倒し吹き飛ばして飛び出していく。

 それぞれ退避し損ねた学生を庇いながら僕たちが、細かい埃が舞う部屋を抜け出したときには魔人の姿形も見えなかった。


「クソっ……後を追わなきゃ!」


 幸い、こちらには校内に起きている出来事を伝えてくれる便利道具がある。

 三十秒と経たず再びアラームが鳴る。

 画面を起動させて、僕も、プリムラやオガルも画面を覗き込み、ぎょっとした。


「何っ…………? なんだ、これ……!!」


 学院のマップ上に、いくつものポイントが表示されている。

 あちこちに、複数に、同時に、だ!


『決まってるダロ』


 オルドルがニヤリと笑う。

 それと同時に、リリアンが言う。


「もちろん、分身したのです」

「分……身……?」

「つまるところ、アレは《模倣》したのです。《自分自身》を。鏡に写し取った鏡像から、《フラスコの中の小人》を作り出す術を……」


 鏡の中から疑似生命を取り出す魔道具。《ファウストの鏡》。

 そこに込められた魔術を魔人は手に入れた。

 そして増やした。自分自身を。呪われた自分という存在を!

 まさに狂気の沙汰だ。

 これで奴は尖晶家最強の能力を所持する《尖晶クガイ》を無限に増やすことができる。そんなの緊急事態なんてものじゃない。


「今はまだ隙はあるはずです。しかし……クガイが魔術師として優れた人物であるならば、いずれ完璧なものとするでしょう。そうなれば、いかなる力でもってしても、敵わない」


 模倣された魔人は《黒一角獣の角》を所有している。

 汚染は酷くなる一方で、力は増幅し続け、誰にも何が起きるかもわからない。

 あまりの事態に呆然とした僕の中で、声がする。


『殺して』


 オルドルとは違う、少女の声だった。


『あの《魔人》を殺して、ツバキ。手遅れになる前に』


 マージョリー・マガツの声は、怒りに似た、何か酷く切迫した《焦り》のようなものが込められていた。

  

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