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星の灯、君が浮かべる月よりあかるく 竜鱗騎士と読書する魔術師3  作者: 実里晶
第3話 星の灯、君が浮かべる月よりあかるく
63/98

5

 学生寮は、てっきり学院の敷地の外だと思っていた場所にあった。

 というのも道路を挟んだ向かいにあるその建物は、鬱蒼とした緑の蔦に覆われた、控え目に言って《幽霊屋敷》にしか見えない物件だったのだ。

 なんとなくそこだけ太陽の光が届いていないかのような薄暗い木造の廃屋……それが女子寮だというのだから、近くに建っている男子寮など傍からみても明らかに傾いている。

 ただ貧乏っちいのは外側だけで、内部はそれなりに手が施されて最低限文化的な生活は送れるようになっていた。

 イチゲが言うには《魔人》が出たのは浴室でのことだ。

 入浴中だった女子生徒が鏡の前に座ったとき、突然その鏡の中に現われたという。

 そして「×××はどこだ?」という不明瞭な台詞を発し、鏡の中から指を伸ばして顔に触れようとしてきたという。


「それって本当の話なの? なんかたちの悪い噂話みたいに聞こえるけど」


 事件現場である鏡面台の前で、僕はイチゲに訊ねる。

 過激なツッコミによる意識喪失から立ち直った僕はイチゲと共に女子寮に来ていた。ヒギリは中には入らず、なんでか知らないがこっちに背中を向けてる。

 もしかして、気を使っているつもりだろうか。意外と硬派なんだろうか。

 そしてイチゲは何故、この空間にしっくりと馴染んで「この場に居て当然」とばかりに振る舞っているんだろうか。少しくらい気を使ったりしないものなのだろうか。わからない。謎めいている。

 鏡面台は脱衣場に向かい合わせに四つずつ、計八台が並んでいた。

 その向こうはシャワーブースがあり、大浴場への入口が見える。かなり広々としていて清潔だ。


「もぅマジもマジだよぉ、昨晩はその事件で大騒ぎでさぁ。ただ、私が助けに来たときには姿形も無かったんだけどねぇ」


 竜鱗騎士相手に突っ込んでいると身が持たないとはわかっていたつもりだが、流石に聞き逃せない発言が出た。


「なんでイチゲが助けに来るんだよ。教官である僕ですら女子寮に入るには許可と監視つきなのに」


 僕はさり気なく背後を振り返る。

 浴場の入口で女性警備員がこちらに厳しい視線を光らせている。


「そりゃぁ、信用されてるからに決まってるじゃん」


 イチゲがかわいらしくポーズを決めるが、ミニスカートの下の秘密を知っている者としては気が気ではない。何しろ彼女が女装をしているのはそれが似合うからであって、性的嗜好がどっちなのかは未知数で可能性は無限大なのだ。


「先生が少しでもいやらしい目で見てたら、苦しまないように殺すからね」 


 脅しが端的すぎるし、極めて理不尽過ぎる忠告だ。

 だが女の花園に入り込んでいるという喜びと興奮は、大人しく理性という鎖で縛って厳重に繋いでおくに限る。何しろ僕の連れはその気になれば一瞬で命を刈り取ることができる武闘派なのだから……。

 やることをやって、さっさとここを出たほうがいい。

 

「オルドル、何か魔術的な痕跡を探せない?」

『探ってるケド、もうなにも残されてない。アイツだとしたら出現場所は相当汚染されてるハズだけど』


 アイツ……つまり黒一角獣の角を埋め込まれて裏切りの後に殺された《尖晶クガイ》、その似姿だ。

 彼は尖晶屋敷跡で大暴れした後、姿を消した。

 フラスコの中の《小人たち》はアマレが消失した時点で自由を得たし、《妹》を殺害し自由にするという目的もすでに達成したはずだ。

 それが再び出て来たとして、何かを探しているとしたら。

 次の目標は……。


『ど~考えたって、コチョウでショ!』


 オルドルの言葉を待つまでもなく、明瞭明晰な解答が導き出される。

 自分を裏切り、残された家族をも絶望の淵に立たせた男への復讐を企てているというのがごくごく自然な発想だ。

 ただ、この場合、魔術学院にはコチョウはいないっていうのが、この説のかなりの弱点となる。


「やっぱり、ただの都市伝説の類じゃないのかな……。女子って男子より、そういうのに敏感だって言うし」


 それにはっきり言って面倒くさい。

 魔人は強大で危険で、それに何よりコチョウなんてどこで野たれ死んでもいい。

 しかし、イチゲは僕の腕にしがみつき涙目でこちらを見上げてくる。


「でも! もしかしたら!」

「……もしかしたら?」

「あいつが、例の魔人だったら、だよ? あいつは今、私とヒギリの魔術を覚えちゃってるワケだよね?」


 僕は頷く。魔人に対抗するためとはいえ、魔術をコピーする超絶厄介な能力持ちであるクガイの前で、この二人はほとんどの魔術を披露してしまった。


「魔人がどこかに引っ込んでくれてるならともかく、こんなところをウロついてたら……いつか先生以外の魔術教官に発見される。っていうか、マスター・カガチに見つかるよねぇ!?」

「遠からず、そうなるね」

「そんでもって魔人があたしらの魔術を使うとこなんか見られたら……」


 イチゲは蒼白である。言いたいことはなんとなくわかった。


「そんなことになったら、カガチ先生に殺されちゃうよぉ!」


 …………殺されるだろうな、と僕は思った。

 冗談は言っていない。本当に息の根を止めるだろう。

 竜鱗騎士たちの育ての親、最強の魔術教官であるカガチが指導者として優れていることは言うまでもないが、《マジで怖い》ことも言うまでもない。

 それで、カガチの不在の間に事態を収束させねばならないということに気がついた二人は、僕に救援信号を送ってきたのである。


 そもそも、この件に二人を関わらせたのは僕自身であるため、無視を決め込むこともできない。

 そう考えながら自分がまた非常に厄介極まりない深みにハマりかけているのを感じたが、残念なことに抜け出す方法が一向に見つからないのだった。


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