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星の灯、君が浮かべる月よりあかるく 竜鱗騎士と読書する魔術師3  作者: 実里晶
第3話 星の灯、君が浮かべる月よりあかるく
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3 死神の花


 黄色い花柄のマグカップがカタカタと揺れる。


『マージョリーの泣き落としにも反応しないとはキミもたくましくなったものだよネ……』


 オルドルの囁き声が聞こえる。


「マージョリーに聞こえるぞ」

『キミにフラれたのがショックだったらしいから、しばらくは大丈夫だロ。いやあでもキミ、かなり危うかったんだよ。とくにヒナガツバキとはちがう名前をつけるなんて発想……あれには驚いた。かーなーり、ヤバかったな』

「彼女の提案に頷いてたらどうなってたの?」

『キミはほんとうにヒナガツバキではない別人へと、《マージョリー・マガツの花婿》になっていた可能性があル』

「へぇ……」


 寝起きの頭にはピンとこない話だ。

 それでなくても短期間にあまりにもいろいろなことがありすぎた。しかしそのことをいちいち思い出して、ひとつずつ精査する時間はない。どこにも、本当に、存在しない。しかもそれは僕だけじゃない。

 その原因について先程からテレビがひっきりなしに説明している。

 小さな画面には氷漬けの花が映し出されている。

 その中央には白くぼやけてはいるが、真っ白な体躯を丸めて眠る幼竜の姿がある。まだ孵化する前の《竜》の《卵》、《竜卵》だ。

 画面が不意に切り替わり、魔力を検知する特殊な画面になる。膨大な魔力が氷漬けの結晶の花から上空に向かって放たれる。光の奔流は途中で立ち消えるが、それは三百キロ離れた別の地点――女王国のとある山間部の村の上空に半径三キロメートルを超える超巨大な魔法陣を形成した。

 そして先程放たれたのと同じ莫大な熱量の光芒が、容赦なく地面へと叩き込まれる……。

 ものの数秒で小さな村に住む人々と家畜と建築物をすべて焼き尽くし、骨のひとかけらも残すことなく灰燼とし、そして地面すら穿ち、山をひとつ丸々消し去った。

 それは数十年前、女王国を襲った竜の攻撃だ。そう……。竜たちは自分たちの卵をエネルギー源に変えて女王国に攻撃をしかけているのだ。

 そして、それはまさに今、紺鉄山という山の頂に結晶の花を咲かせている。

 もしもこの熱量の攻撃が市街地に落ちた場合、もちろん地上は甚大な被害を被る。着弾点にいた生物は、まず間違いなくすべてが死滅するだろう。まかり間違って翡翠宮に落ちる、なんてことがあったなら、ほんの一瞬でこの国は無政府状態に陥るはずだ。

 しかもその術式の恐ろしい点は、威力だけでなく《誰にも着弾点を解析できない》という点にあった。

 竜たちが命ひとつを犠牲にして行う残酷な攻撃を、女王国は数百年にわたって防御しようとしてきた。しかし、いかなる魔術師も、その攻撃がどの地域、どの場所に落ちるのか解析できなかった。

 何故なら――竜たちも《その攻撃がどこに向かうかを設定していない》から、だ。

 ニュースキャスターは、その事実をひどく深刻そうに国民に伝えている。

 これは完全な《ランダム》による《甚大な被害を及ぼす広範囲攻撃》なのだ。

 女王国の人々にできることといえば、せいぜいが自分の頭上にそれが現れることがないよう願い続けるくらいだ。

 悲劇的な未来を防ぐため、今回は《複数企業が合同開発した新しい解析魔術》が投入されたとニュースが続ける。

 僕には理解が難しいが《完全なランダムであるはずの着弾点を予測することで》《逆に未来を決定づける》、本来予測不可能な攻撃の着弾点を割り出すという画期的な魔術、らしい。


「それっぽい雰囲気の占い師に《お前は、実は上司との関係に悩んでいるだろう》って言われると、なんとなくそんな気がしてしまう的な……?」

『当たらずも遠からズってところが、逆にムカつく』


 もちろん、頭にはマスター・オガルのことがある。

 校内戦のときに戦った学院の占星術師、マスター・オガルは未来予知に近い《占術》とその結果を左右する《祈祷》を組み合わせて行い、僕らの運命を捻じ曲げてみせた。竜卵の解析に使われたのはそんなふうに竜卵が発する魔力を感知するだけでなく、働きかける力がある魔術なのだろう。

 そしてそれを用い、攻撃を事前に防ぐ措置が取られた。解析魔術がはじき出した予測は完璧だったが、この作戦にかかわった竜鱗騎士三名が亡くなっている。

 犠牲の甲斐もあり、竜卵の発動は未然に防がれ――そして、危機は未だ去っていない。

 ドローンの映像が写しだされる。

 攻撃を終えた竜卵は《胎児》諸共崩壊して消え去るはずだが、その威容は未だ山頂に咲き誇っていた。


 原因はわからないが、作戦は失敗したのだ。


 何より最悪なのは解析魔術を発動するために必要な魔術が組み込まれた《石板》が失われたってことだ。石板はどうやら再調達が不可能な逸品らしく、二度目の予測は不可能。


 つまり、この数日間のうちに翡翠女王国は再び壊滅的な攻撃を受ける。

 しかもそれは、この国で生きとし生ける全ての人間に降りかかる可能性のある災難なのだ。


 事態を受けて女王府は再び非常事態宣言を発令した。

 これにより全ての企業や学校、商業施設が休業となった。

 動いているのはライフラインと交通網だけで、それもそこで働く人々の献身でなんとか持っているような状態だ。


「先生、貴重な資料の搬出と地下しぇるたーへの移送が済みましたにゃ」


 腕まくりをして、額に汗をかいたニャコ族の少女にして市民図書館司書のアリスが閲覧室に顔を出した。


「それで……そろそろ、アリスも……」


 荷物をパンパンに詰めたリュックを足下に置き、彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「ああ。わかった。留守は僕が預かるから……と言っても、カギを預かるだけだけど。早く行ってあげなよ」


 国内はどこに逃げても安全の保障がない状態だ。

 完全なランダムとはいえ標的は女王国なので、国外に逃げるという方法も無いこともないし実際に行われている。

 しかし旅客機の座席には限界というものがあるし、空路と海路は竜たちの格好の狩猟場だ。竜たちにとってもすくなくない犠牲を払う決死の攻撃なのだ。そうやすやすと通してはくれないだろう。

 国外避難を諦めた、あるいは最初から国内に残るという選択をした人々は多くの人たちが家族や親しい友人と集まってその時を過ごすことにしたようだ。

 アリスも職場を離れて故郷の友人と合流する予定のようだ。


「あのあの! 出かける前にアリス特製のグラタンを焼いておきましたにゃ! あと他にも、冷凍庫に美味しいものいっぱいいれてありますにゃ!」

「それで十分だよっていうか、そんなことまでしてくれることなかったのに……」


 アリスは黒曜大宰相から家庭教師をするように言われてここにいるだけだ。もしかしたら最後の瞬間になるかもしれないのに、僕の世話まですることはない。

 大切な人たちとその時間を過ごすほうがずっといい。

 向かいあったアリスは目を潤ませる。


「先生、おいたわしい……。魔術学院に召喚されず、藍銅公国内に留まっておられれば、稀少な才能が若くして潰えることもにゃかったのに……!」

「ま、まだ、僕の頭上に落ちると決まったわけじゃないから!」


 泣いて別れを惜しむアリスをなんとかバスの時刻に間に合うよう送り出し、市民図書館には僕ひとりになった。


『キミも逃げたほうがイイんじゃない? 紅華なら、政府専用機とかあるデショ?』

「それはそう……なんだけど……」


 はっきり言って、僕にはここに留まる理由は無い……無い、んだけど。


『アッ。まさかキミ……やっぱり、《魔人》のコトが気になってるんでしょ!!!!』

「ちっ、ちがう! そういうわけじゃない!」


 マグカップのコーヒーと討論していたら、うっかり夜が明けそうだ。

 教団の件があるから海市に長居するワケにもいかないし。僕は戸締りをして、暗くなった図書館を後にした。

 夜だけど、街は明るくて人の気配がする。

 避難する人々が夜間も移動のためにバスターミナルや駅に集まっているからだ。

 どこに逃げても危険がなくなるわけではないが、都市機能が維持できなくなる可能性もある。そのため、避難所は門戸を開けて市民を守るべく受け入れている。

 魔術学院もまた、そうした施設のひとつだ。

 

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