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 炎は車体をひしゃげたフレームだけ残して、可燃物は皆燃やし尽くした。

 もちろん、運転手の姿形もだ。

 市警が野次馬を排除する姿を、僕たち三人は遠巻きに眺めるほかなかった。

 例の女性は、人が集まってくる前に姿を消した。


「あ~あ、なにもかも焼けて消えちゃった……」


 イチゲはつまらなさそうに言う。ただそれば彼女の演技であって、内心は違って見える。


「イチゲ、気がついた? さっきの女性……」


 僕は鉄柵の向こうを振り返る。


「ああ……私らをいや~~な目線で見てたヒトのこと?」


 小柄な女性だった。事故が起きたあと、飛翔する僕らを見上げてた。


 《《真っ赤な瞳》》だった……まるで、僕やオルドルみたいな。


 こっちの世界にきて、奇抜なヘアカラーや瞳の色はいろいろ見てきたけど、あの色ははじめてだ。それに。


「キャシー捜査官と同じだった。体内の臓器の位置が、左右入れ違いになっていた……」

「薄気味悪い話をしてるな。しかも気味が悪すぎる面子じゃあないかね?」


 耳元にふう、と息を吐き掛けられ、僕は飛び上る。

 文字通り、三十センチは飛んだだろう。

 イチゲとヒギリは冷たい瞳で僕を見ていた。

 振り返ると、秋物の外套に身を包んだ女が立っている。同じ黒髪でも、彼女のはどこか陰鬱で、不気味な雰囲気だ。

 黒い唇でにやりと笑ってみせた彼女は、海市市警のクヨウ魔術捜査官だ。通報が、やっとまともに繋がったのだろう。


「何しに来やがった、クソ無能捜査官」


 ヒギリは安直な罵倒を口にして、明確な敵意をむき出しにしてる。金髪も相まって表情が牙を剥いたライオンそのものだ。


「おお、これはこれは恐ろしいことだ。こんな何でもない道端に、魔術捜査官に向かって小生意気な口をきくクソガキがいるなんて!」


 クヨウはわざとらしい抑揚をつけて台詞を述べた。その実、恐れてなどいないだろう。クヨウのこの体は人形だ。

 本体がどこにいるかは、僕にもわからない。

 しかしヒギリの怒りの源が何であるかは、この場合明らかだ。


「校内戦のとき、お前らがまともに仕事をしていれば、あんなことにはならなかったんだよ!」

「吠えるなよ小僧。なぜこんなうるさいのと、校内戦の裏切り者、天河テリハの女とを、口火を切った張本人であるキミが連れているんだね、マスター・ヒナガ」


 成り行きで、と口にはしたが、急に頭痛を覚えた。



*



 校内戦――あの血と勇気の祭典のとき。キヤラ・アガルマトライトは影で、陰惨な殺人を繰り返した。天河テリハはその犠牲になった最たる人物だろう。

 家族同然に育った孤児院の子どもたちを皆殺しにされ、僕らを裏切るという苦渋の決断を下した。

 クヨウを代表とする海市市警と魔術捜査官たちは、被害が及ぶ恐れのあった人物らを警護してくれていたけれど、キヤラの高度な魔術に騙されて、保護しきれなかったのだ。


 なんだか大騒ぎになりそうな気がして、人気のないところに場所を変えた。

 けれど、少しばかり心配しすぎだったようにも思える。

 クヨウ捜査官はいつもの嫌味を引っ込めて、その代わりに煙草に火をつけた。



 いちばん感情の読めない表情をしているのがイチゲだ。

 彼女は天河の一番の理解者でありながら、その裏切りを許さなかった。


「こうなったのは成り行きっていうか……まさか僕も、二人が助けに来てくれるとは思わなかったんだ」


 事件の発端はキヤラ・アガルマトライトだが、校内戦の提案者はこの僕だ。天河テリハのことには、少なからず責任を感じていた。

 彼のチームメイトであるヒギリとイチゲは、僕に良い印象は抱いていないはずだ。


「はじめからマスター・ヒナガのことは、恨んでないよ。怒ってもないしね」


 イチゲは煉瓦の壁に背をつけて、はっきりとそう言った。

 姿形は愛らしい少女でも、その眼差しには強い芯がある。


「私はね……最後まで戦うテリハが見たかった、その隣で戦っていたかった、ただそれだけ。あの事態を引き起こしたのはあいつの心の弱さのせいで、支え切れなかった私のせい。ただそれだけで、先生のせいじゃないから」


 イチゲはそう言って、むすっとふて腐れているヒギリを見た。


「ヒギリも、こう見えて、先生のこと嫌いってワケじゃないんだよ」

「うるせぇな」とぼやきながらも、言葉を紡ぐ。「けど、イチゲの言う通りだ」


 合宿のとき、僕に面と向かって反抗してきたのがヒギリだ。


「個人的な恨みつらみは全くねえ。だが、いつか刃を交わさなきゃならねえのに、仲良しごっこも無いだろう」

「天河の側についたのは……」

「仲間として当然のことだ」


 ヒギリは、言い切った。


「そりゃあな、天河がトチ狂って間違ったことをした、なんてことは、バカでもわかる。けどあいつを一人でマスター・カガチと戦わせるってのが、俺にゃどうしてもできなかった。仲間を一人で行かせるくらいなら、肩ならべて自滅するほうがましだ」


 吐き捨てるような口調で、強さと孤独を秘めた瞳で。

 語られる言葉と友情は、僕の心にすとんと落ちた。


 そうか、そうだったんだ……。


 ヒギリは単純に、僕を見下していたわけじゃなかった。

 彼なりに、僕と戦う準備をしていただけだったんだ。


「だからって、やっちゃいけねえことをやっちまった事実は変わらねえ。俺は、もしかしたらこいつらよりずっと、竜鱗騎士なんてモンには向いてねえのかもしれねえな」

「いや、逆だよ……。君たちは暴走車に追われてた僕を、助けに来てくれたじゃないか。きみたちは、僕の知ってる騎士とおなじだ」


 無視して、見なかったことにすることもできた。

 ほかの教師に任せることもできた。

 でも助けてくれたんだ。この二人は。色々なことがあっても、僕のことを憎みもせずに……。

 クヨウが唇から煙を離す。


「たしかに心の痛みを感じる話ではあるが――あの騒動では、こちらも殉職者を出した」


「本当に?」と、疑っていたわけではないが、声を上げた。


 クヨウは頷く。


「君たちの家族を守るために、五人の魔術捜査官が亡くなった。払った犠牲は、関わった何者であれゼロではなかった。痛み分けといこうじゃないか」


 それは彼女にしては、控え目な意見だった。

 同じく、その事実を知らなかったのだろう、ヒギリは少しばかり驚いた様子をみせて、黙り込む。

 黒曜ウヤクは、僕らにはあまり海市で起きていることを教えてくれなかった。無心で試合に挑むためには、情報の遮断が必要だと判断したのだろう。

 それは歯がゆくて腹立たしく、無力さを感じることだが、終わってしまった後から考えると、必要な措置だったんじゃないかと感じる。

 もし知っていたら、僕らは戦えなかっただろう。

 結局、最後に残ったのは、こちらの世界に縁者のいない、僕と天藍だけだったのだから。


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