13
不登校になった星条アマレ。
次々に起きる、奇妙で壮大な事件。
黒一角獣の角。
オルドルは何かに気がついている。
具体的には、黒一角獣の角のこと。
でも気がついているのに黙っている……なんのために?
あいつは僕が窮地に陥るのを笑ってみているようなやつだ、基本は。でも今は弱っていて、状況がちがう。
マージョリーは、きっと、全てのことについて、ある程度見通しがついているはずだ。何しろ彼女は未来と過去のすべてを《見た》魔女なのだ。
その上で、アマレを救えと言ってきた。
今回のことに関しては、重大な学びがあった。
すなわち、精神ともなんとも言い難い領域に魔術師と強大な魔女を抱えているというのは、ある意味脳腫瘍を抱えているようなものなのだということだ。
そう思えば朝日が無事にのぼっていることにすら感謝の心が湧いてくる。
感謝ついでにカーテンを隙間もないほどビッチリ閉めた。そしてクヨウ捜査官を呼びだした。
三十回ほど容赦のないワン切りに遭ったが、ようやく根負けして通話状態を保ってくれた。
訊ねたのは、もちろん昨日の出来事のもろもろについてのことだ。
国際的な犯罪組織がなんとかかんとか、あれだけ派手な事件が、今後、どう扱われるのかは知っておく必要がある。
事件はどうやら魔術捜査官の捜査範囲外といったところだが、クヨウは僕の嘆願を聞いて恐ろしく面倒くさそうな声を発し、渋々、《物理的捜査官》の連中に話を聞きに行ってくれた。
そして、僕は衝撃的過ぎる事実を知った。
「夢を見ているのではないかね? 持病として患っていそうな低能のために要約すると、君には精神科の受診と、鍵付きの個室が必要だという意味だ」
「そういう病名はこの世に存在しないから。それから、電話口でも、その露骨なイヤミを言う癖は治らないの」
「ことあるごとに情けない電話を受けるこちらの身にもなりたまえ。私はある種の協力者ではあるが、お前の友達じゃないんだぞ」
確かに。クヨウ上級捜査官は公僕ではあるが、便利な情報屋ではない。
非はこちらにありまくりなのだから、遠まわしのイヤミを聞いているほうがマシだった。
「偉そうな口を叩いて大変申し訳ありませんでした」
「……よろしい。とかく、だ。君が言うような事件は、昨夜、市内のどこでも発生していない。そういう報告は上がっていないんだ。そして、君が名を挙げた捜査官は、いずれも海市市警には所属していない」
「――どういうこと?」
「こちらが聞きたいくらいだ。この、女王の膝元でそういう犯罪団体が大規模な人身売買に手を染めていたなどと、話題にのぼらないはずがない」
そんな事件は、海市では起きていない。
端的なクヨウの解答は、僕を混沌の渦に突き落とすのに十分だ。
嘘だ。
昨日起きたことは、夢なんかではない。
実際に怪我もしたし、記憶もはっきりしている。
すべて現実だ。
僕は階下に降りて、テレビのスイッチを点けた。
アリスさんも、イネスもいない静かな閲覧室に、平和なニュースが流れる。
「…………なんで?」
呆気にとられて独り言を呟いてしまったが、そんな場合じゃない。
クヨウが言うことが《真実》だとしたら、昨晩起きた出来事は一体なんなんだ?
誘拐された少女は?
犯人たちは?
血塗れになって戦ったあの捜査官たちはどこに消えたんだ?
*****
なにも考えず、一目散に昨夜のホテルへと向かったのは早計だったかもしれない。
ホテルは相変わらず改装中のまま、広場も落ち着きを取り戻していて、何の変化もない。あれだけの事件が起きたとは思えないほど、平穏だった。
変化といえば、ホテル内への進入路として使った下水道のフタが開いたままなことくらいか。
「――オルドル、いったいどうなってるんだ?」
『なァにがァ?』
「なにが、じゃないよ。昨晩の事件のことだ。アレは僕の夢なんかじゃないよな!?」
水筒に必死に話しかけている僕は、通行人からはバカに見えただろう。
でも他人の視線になんか構ってはいられない。
何か、とてつもなくヘンなことが起きてる。
そして、それを放置すると経験上よくないことが起きる気がする。
『夢じゃあないサ……アレを見て御覧よ』
広場のほうから声がする。
「助けて!」という声が。
そして、少女が走ってくる。
悪人面の男たちふたりを引き連れて。
「なっ…………えっ、何っ!?」
全く昨日と同じ状況だ。そして、だからこそ異常だ。思考回路がショート寸前だ。
少女は泣きながら救いを求めて来るが、僕は驚きに飲まれて何もできないでいる。
『ツバキ、何か近づいてきてる!』
オルドルの声で我に返ると、さらに訳がわからないことが起きていた。
タイヤがアスファルトに焼き付く音を立てながら凄まじい速度で走ってきた黒いワゴン車が、少女と男たちを跳ね飛ばしたのだ。
ワゴン車はホテルの側面に突っ込んで停止する。
車の運転席にいるのは、キャシー捜査官だった。




