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マージョリーがくるりとその場で回転すると、水着は真っ白なワンピースへと変化する。
まるで魔法だ。
いや、たぶんだけど、あれは魔法なんだ。いつの間にか金鹿のときみたいな乱暴な力の使い方をやめて、やり方を覚えたのだろう。
「むふ…………むふふぅ~~~。そうですかそうですか、マジョコさんはそんなにみりょくてきなばでぃのもちぬしってわけですかぁ~~~」
彼女は、薄すぎる胸板をみせつけて満足げに頬を膨らませている。
そういうことにしておくのが、レディに対する正しい態度というものなんだろうけど、男としてのなけなしの矜持とほんのわずかな気恥ずかしさのせいもあって、僕は世間一般の尺度を口にせずにはいられなかった。
「申し訳ないけど、もっと全体的に肉が乗ってて胸と尻あたりにめりはりがある体型のほうが健康的で好まれるものなんだよ」
「え~!」
ブーイングがやってくる。
「でも、ツバキは!?」
「僕はあまり、体形にはこだわりがない」
言い訳みたいに聞こえるが、これだけは、誓って本当だ。
思い返してみると、クラスメイトの間で人気があった巨乳のグラビアアイドルも、ぴんとこなかった。
だから貧乳がいいかといわれると、それも違う。
――いや、なんでそんな性癖を分析してるんだ、僕。
マージョリーは困ったような顔で少し考え、結論を出した。
「ということは、ツバキは、みためより未来のお嫁さんのないめんにもうめろめろってこと?」
「めろめろ、ではないけど……」
よく考えると、このタイプの狂人には、既に出会ったことがある。そのときは好意のベクトルが自分以外に向いていたから放置していた。
まさか自分の身にふってかかる問題だとは思わなかったんだ。
レディを傷つけてはいけない、というリブラの忠告に従うわけじゃないが、犯人を刺激しないように妄想は否定してはいけないと、海外ドラマでも言っていた。
「でもその、目と髪が、きれいだなとは思ったよ」
まあ、それは嘘ではない。
彼女の瞳と髪は特別だ。日本では、みられなかっただろう。
星が輝く瞳なんて。
マージョリーはじっと黙っていた。
凍りついたみたいに。薄い唇が半開きのまま硬直している。
僕は何か、ヘンな事を言っただろうか。
『マジョ子、こっちに来なさい』とオルドルが、明かりの下から呼んだ。
「はあい、師匠!」
マージョリーはオルドルのそばに駆け寄った。
「…………何をしているの?」
『魔法の勉強サ』
マージョリーは目を閉じて、本の上に掌を置く。
しばらくして再び瞼を開いたマージョリーは掌を空へと向けた。
その優美な動きに釣られて、僕は星々が輝く夜空を見上げる。
そこには、金色の剣が、切っ先をこちらに向けて並んでいた。
それは《魔術》だった。オルドルの魔術だ。
「オルドルの魔法を……こんな一瞬で……? しかも詠唱なしで」
『ソウ。これはあくまでも《物語》のなかの出来事だけど、彼女の魔力があれば現実でも同じ事象を引き起こせる』
「千里眼の力って、こんなこともできるんだ」
『天賦の才、天才という言葉ですら足りない。奇跡と言い換えてもいい。まるで魔術師になるために生まれてきたみたいな娘だ』
「でも……自分には……万能のオルドル様には敵わない、そうだろ?」
いつも自信満々で他者を見下しているオルドルが、こちらに視線をやり、唇の端を皮肉げに持ち上げる。
でも、それだけだった。
憎まれ口は叩かない。
反論もなしだ。
ただ、冷たい小さな声で『生きていれば』と言い添えただけだった。
「ねえ、師匠。うまくできた?」
『モチロンだとも。マジョ子』
「うふふ、でもわたし、こういうのはちょっとニガテかもしれない」
『キミは力が強すぎるからね。大きい結果を出すよりも、小さく力を発揮するほうがむずかしいんだ』
天に浮かんだ剣は、金色の星になってパラパラと降り注ぐ。
オルドルの話を聞いているのかいないのか、金色の雨の下を、マージョリーは笑いながらクルクル回って、踊っている。楽しそうに。
「うふふ、あはは……」
彼女には、問いたださなければいけないことがたくさんある。
どうして死んだのかとか、なんで僕のところにやって来たの、とか。
でもそんな無粋な質問は、とうとう言葉にはならなかった。
千里眼の少女は立ち止まり、手の平にかき集めた星をじっとみつめた。
彼女の視線の先で星屑は丸く球形のかたまりになって、風船のようにふわりと浮かぶ。それはゆっくりと空へとのぼって行き、月になって輝いた。
『今や、この世界のすべてを構築しているのはマージョリーだ。アイリーンも手出しできない』
「そんなに凄い女の子が、なんで僕のところに来たんだろう……?」
『悪いことは言わない、マージョリーのことはしばらく放っておきなよ』
「……裁判だなんだとかが、うまく収まってくれるんならな。アマレのこともあるし」
『なんでだい? 手を引けばいいのニ』
「なんでって。ミクリとの約束だからに決まってるよ」
『いいかい、それが例の《角》のせいにせよ、なんにせよ、キミの回りで異常な出来事が起きているというコトは確かだ。今はじっとしてやり過ごすのが利口だ』
「だめ!」
突然、マージョリーが血相をかえてやってくる。
「ツバキは、アマレのことをたすけなくちゃ、ダメ!」
「マージョリー……?」
「そうしないと、あとでたいへんなことになっちゃうんだからねっ!」
僕は困って、オルドルのほうを見た。
『ツバキくん、アマレを助けロ』
「なんで秒で意見を翻したのさ」
『彼女をダレだと思っている? 天下のマージョリー・マガツ様だゾ? いいから、助けろ。こんなところで油を売ってる場合じゃない』
確かに、マージョリーは未来をも《見た》とかいう千里眼の持ち主だ。
彼女が《大変なことになる》と言うんだから、信憑性がなくもない。
でも……やっぱり、こいつ、何か知ってて僕に秘密にしてるんじゃないか?
オルドルがパチンと指を鳴らし、夢はそこで醒めた。




