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10 二度あることは三度ある


 はっきり言って、魔術に対してなんの備えもしていない暴漢たちを取り押さえるのは、まさしく赤子の手を捻るようなものだった。

 確かに、弾丸の射出速度は僕が魔術を発動させるのよりよほど速い。防御ができなければ、十分に致命傷を受ける武器ではある。

 でも、相手だって抜いてすぐ撃てて一発で心臓に命中させられる銃の名手ってわけじゃない……。

 相手に気が付いているなら、対処のしようもある。今なら、リブラの護符が負傷を帳消しにしてくれるし。

 暴漢たちふたりは、現在銀色の蔦にグルグル巻きにされて、公園の木に仲良く並んで括りつけられている。


「悪い奴は捕まえたから、もう大丈夫だよ」


 しゃがんで、恐怖に顔を引きつらせている少女に声をかける。

 女の子は一拍置いて、僕の首に腕を回して啜り泣きはじめた。

 やがて市警がやってきて、公園がにわかに騒がしくなる。


『キミって何ていう人かしってる? お人好しってイうんだよ』

「いいだろ、別に。人助けなんだから」

『昼間も似たようなコト、あったよネ?』

「思ったより、この街の治安が悪いんだろ。さすがに三回目はないよ」


 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、リリアンが言っていた《不運を引き寄せる》という角のことを思い出しかけた。

 でもまさか、そんなことは無いはずだ。

 公園から去ろうとしたとき、少女を保護していた市警職員が走ってやってきた。


「マスター・ヒナガ! 大変です!」


 うえっ、と声が出そうなところを、すんでのところで耐える。


「ホテルの中にまだ捕らえられている少女たちが、どうやら十名以上いるらしいのです」

「えっ……そんなに?」

「特殊部隊の応援を呼んでも、到着まで時間がかかります、どうか……」


 その続きはなんとなく読めたな、と思った瞬間、悲鳴と銃声が響き渡った。


 二時間後。


 ホテルの周囲は海市市警の捜査車両に囲まれていた。

 僕は全身が埃と血と泥まみれ、服にも穴が空き、焼け焦げている。リブラの護符のおかげで負傷こそないものの、かなりショッキングな見た目をしていることだろう。


「マスター・ヒナガ、協力を感謝します」


 そう言って敬礼する捜査官の背後で、ホテルから連れ出された悪人面した男たちが車輛に詰め込まれていく。

 彼らは、僕に助けを求めていた少女を誘拐していた犯人たちだ。


「いえ……どうも……それじゃ、僕はこれから用事があるので帰ります」


 てっきり二人組だと思っていたのだが、実は国際的な犯罪グループの一員だったらしい。ホテルの中には仲間たちがたくさんいて、市警と銃撃戦を繰り広げたあげく、お縄についた。(成り行き上仕方なく僕も手伝った。)

 誘拐されていた女の子たちも、なんと三十人以上いたというから驚きだ。

 きっと、この事件は明日のニュースを独占することだろう。

 現場を離れ、歩いていると、後ろからやってきた捜査車両が僕の隣で停まった。

 窓が開き、陽気そうな太っちょの捜査官が顔を出す。


「おい、兄ちゃん! さっきは世話になったな!」

「マレク捜査官、どうしたんですか」

「実は、さっきの戦闘で逃げた奴らがいてな……そいつが逃げ込んだ先が問題なんだ」


 マレクが見せてきた立体映像は、何の変哲もないオフィスビルに見える。

 しかしその住所は、見覚えがあった。

 これもまた、コチョウからアマレへ譲られた不動産のひとつだったのだ。


『行くノ?』


 オルドルが《不審》をこってり煮詰めたような声で聞いてくる。

 行きたくはないが、行かないわけにもいかないだろう。



 三時間後。


「何故……俺を殺さなかった……?」



 孤独な少年が地面に両手を着き、こちらを睨んでいる。

 彼は国際的な犯罪組織に所属する元孤児の少年で、少女たちの誘拐を手伝っていた。僕に追い詰められて逃げ出し、組織のボスに助けを求めたが裏切られ、ヤケを起こして、ビルの最上階でパーティを開いていた人たちを人質に立てこもり事件を起こした。

 しかも悪いことに魔術の覚えがあり、なんやかんやあって、マレク捜査官が凶弾に倒れつつも、今、人質を助け出したところだ。

 少年の眼光は鋭いが、もう敗北を悟っているんだろう。抵抗する気は無さそうだ。

 僕は、血まみれのマレク捜査官に肩を貸しながら、言うべき言葉を探した。


「いや、うーん、殺すつもりはなかったけど強いて言うなら…………疲れてたから、かな…………」


 待機していた市警の職員が少年を確保し、連れて行く。

 僕たちは、人質たちの拍手喝采というささやかな花道を渡りながら、ビルを出た。

 今度こそ、アマレのことを探そう。彼の所有する不動産で起きた事件を二つも解決に導いたのだ。感謝の言葉ひとつくらい貰わないとやってられない。

 だが、そうすんなりといくようなら、僕も伊達にヒナガツバキをやっていない。


「待ってください、マスター・ヒナガ!!」


 玄関口から出た僕を追っ手……いや、マレクの部下である、金髪巨乳のキャシー捜査官が声をかけてくる。何この展開。何回目?


「どうやらこの近くに、奴らのボスが潜伏しているみたいなんです!」


 瀕死のマレクが僕の肩をがっちり掴んで、言った。


「あいつも可哀想なやつだった……。父親と思ってた奴に裏切られ、使い捨てにされて……どうだ、ボウズ。俺たちで敵討ち、といこうぜ」


 いや、だから。殺してない。


 さらに、時は進んで二時間後。


 朝日が灰色の街を照らし出す。

 少しだけ雨に打たれた路地が輝く様は、静かな水底にみえた。

 沈みこんだ汚泥のような感情も、血潮も、やがて何もかも流れ去り、昼の世界が訪れるだろう……。

 たくさんの悲しみと、主に疲労と僕独特のワケわからなさと、「なんかもうどうでもいいや」って感じの虚無感を引きずりながら、寝床である市民図書館に帰宅することとなった。

 図書館の警備は二十四時間体制で行われている。

 杖に縋りつきながら接近し、疲労困憊の玄関口でばたりと倒れ伏した僕をカメラで見つけたのだろう。

 ガムを噛みながら、赤毛の警備員が突撃槍を片手に飛び出してくる。


「なんです!? いったい何が起きたってんですか、先生!」

「…………組織のボスのアジトに踏みこんで大乱闘になった」

「組織!? ボス!?」

「そしたら組織のボスは五年前に死んでいて、それは真の黒幕が操る偽物だということが判明し」

「黒幕!? 先生、正気ですか!」

「真の黒幕は……マレク捜査官、と見せかけて実はキャシー捜査官だったんだ……」


 僕は目を閉じ、意識を手放した。

 夢の中にまで、イネスの「先生! 説明してください! 意味がわからないですよ!」という叫び声が聞こえてくる。

 安心しろ、イネス。僕にもわからない。

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