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6


 僕は知らず知らずのうちに生唾を飲み込んでいた。

 ぞっとする。それくらい、星条という名前には、嫌というほど覚えがある。

 因縁があるといってもいいかもしれない。


「星条……アマレ…………? それって、まさか、百合白さんの……」

「はい。星条一族の、それも直系です。つまり百合白殿下の弟……あ、いえ、お兄様です。その、いわゆる腹違いの」


 同級生の紹介にしては異質な単語が次々に飛び出してくる。

 何の気なしに引き受けてしまったが、最悪の手を引いてしまったみたいだ。


「これ以上は、ここではちょっと。詳しいことは道すがらお話しします」


 一応、約束は約束だ。

 ミクリと僕は、残りのメンバーと分かれて星条アマレに会うべく店を出た。



*


 星条アマレは、星条百合白の兄である。

 というと簡単で単純な事実に聞こえるが、その裏側にはごちゃごちゃとややこしい諸事情というものがくっついている。


 二人の父親は星条コチョウという名の大貴族だ。


 コチョウは翠銅乙女の夫として、彼女との間に百合白という娘をもうけた。

 だが彼女は翡翠女王国の女王となる存在だったため、コチョウは別の夫人との間にアマレという息子をつくり、彼を星条家の跡取りとして育成した。

 このあたりの事情は、女王国の歴史上よくある出来事らしい。

 何しろ百合白さんは女王の第一子で、王位継承はほぼ確実。

 女王国の法典では、世継ぎは父親の財産を相続できないということになっている。いろいろと例外はあるが、世継ぎの父親が権力を持ち過ぎて、政治に口を出してくるのを防ぐための処置だ。

 そのためコチョウは星条家の家督を受け継ぐ子を、ほぼ同時期に養育していたのだ。それが、アマレだ。

 同時に妻を二人抱えて子を産ませる品性を、僕は下劣だと思うが、まあ、いざ遺産相続という段になってあれやこれやと揉めるのとどちらがいいかと言われると、沈黙せざるを得ない。それなりに仕方ないことだったんだろう。

 なお、出生はアマレのほうが百合白よりもわずかにはやく、学年は同じで、兄ということになる。

 ミクリが一瞬、間違えたのも無理はないほど、ややこしい生まれだった。

 そして、一般人である彼女が知っているとなると、そういう情報はもう、公然に広く知られた事実なのだろう。

 同級生の父親や母親が誰で、どんな関係で……なんて、気持ちが悪くて積極的に知りたいとも思えないが、貴族の子弟が集まる魔術学院はやはり特殊な環境だ。


「アマレ君の母親は星条コチョウと同じく女王の騎士に選ばれ、個人的に親交があった尖晶家のご息女で、すでに故人です」


 尖晶家も魔術に秀でた家系で、その才能はアマレも引き継いだ。彼は、百合白とはちがうルートではあるものの、順風満帆に人生を送っていた。

 ただし、それは、百合白が道を踏み外すまでだ。

 はやくに母親を亡くし、かわりに王姫となった百合白は政治的に大きな過ちをおかし、王位継承権を失った。

 王宮から放逐された姫は、父親が後見人となって受け入れるため、一市民となった彼女もコチョウの元に戻ることになる。


 ただ、話はそれでは終わらない。


「百合白殿下は政府からの要請で、魔術学科から普通科に転向することになりました。アマレ君が普通科にうつったのも、同じ時期なのです」

「え……と、アマレには、なんの罪もないよね?」

「ええ。それどころか、百合白殿下が五年前の雄黄市侵攻のとき、竜族との協調政策を選ばれた際も、コチョウは難色を示していたくらいで、積極的には殿下を支援してはいなかったのです」


 父親が血の繋がった娘に対しても批判的になるほど、あのときの百合白さんが取った行動は突飛なものだったのだろう。


「だったら、どうして……」

「わかりません。でも、そのあとのアマレ君の態度をみるに、本人の意志ではなかったはずです」


 僕とミクリはあまり楽しくもなれない話をしながら、翡翠内海に浮かぶ瑪瑙島とは別の人工島までやって来た。

 そこはショッピングモールや遊園地、映画館、音楽ホールが立ち並ぶアミューズメント施設、といった様子の場所だった。

 ショッピングモールは高層マンションと一体化していて、要するになんとかヒルズみたいなもんだろう。

 ミクリは私服姿だ。黒いカーディガンに灰色のワンピースといった、かなりというか物凄く、地味すぎるほどに地味な格好に着替えている。


「あの……僕が言うことじゃないかもしれないけど、これは魔術なんだから、もっと華やかな格好に着替えてもいいんだよ?」


 ショウウィンドウに飾られている、鮮やかな黄色のワンピースや、ピンク色のスカートを指で示すと、ミクリは「はあ」とぼんやりした返事をかえしてくる。

 一旦、自宅によって着替えると面倒なので、服装をごまかしたのだ。

 簡単な幻術だから、使った代償はリブラのタリスマンが補填してくれる。


「ですが、校則で、派手な私服は禁止されていますので」

「……それ、誰かほかに従ってる校則なの?」

「いえ、みんな無視していますが、ルールに逆らうのは気持ちが悪いんです」


 そんな校則があったなんて知らなかった。ミクリは真面目な子だ。


「そういえば、天藍の私服も地味だったな。もしかして、あいつも校則だからあんな格好だったのかな……」


 ミクリは、びっくりしたような顔つきでこっちをじっと見つめてくる。


「何?」

「あ、いえ。何度きいても、不思議な取り合わせだな、と」

「誰が?」

「その、薔薇の騎士様と、百合白殿下の騎士様が、仲がいいというのが」

「ああ……僕と天藍がってこと」


 仲がいいわけではないし、僕らが顔を合わせると血生臭いことばかり起きるのだが、確かに、他の人物よりはいろいろなことを知っている。


「それって、そんなに不思議かな。確かに紅華と百合白さんは、かなり複雑な間柄だけど」

「それに、このままいけば、ゆくゆくは紅華様とヒナガ先生の間に生まれたお子様が、次のお世継ぎということにもなるわけですし」

「………………は? 僕と、紅華の?」


 ミクリが放った何気ない一言の意味が、瞬時には理解できない。

 なんだろう。物理的なダメージを伴う発言だったはずだ。


「僕と、紅華の、子…………!?」


 ミクリもはっとした表情を浮かべる。


「まさか、ご存知なかった……!? 王姫殿下の騎士ということは、事実上の《夫》であり婚姻関係はありませんが、女王は騎士との間に子をなすもの……ということを、全く知らないで騎士になられたのですか…………!?」


 騎士が女王の夫となるなんて、初耳だ。初耳過ぎる。

 言葉が見つからずひたすらブンブン頭を縦に振る僕は、かなり青い顔をしていただろう。

 ここが公共の場でなかったら、叫んでたところだ。


 何故! 誰も! 僕にそういう大事なことを教えてくれないんだ!?


「ででででででも! 僕と、彼女はそういう関係には、ならないと思うよ!? なんていうか、僕が彼女の騎士になったのには、いろいろと理由があるからさ!」

「は、はい…………」

「ひとまず、その、アマレ君とやらのことだ。僕のことは関係ない! ないったら、ない!」

「はあ……」


 少し引いているミクリに、何故か熱弁してしまう。

 僕が騎士になったのは、そのほうが都合がいい理由があったからだ。

 即ち、ウファーリのためだ。

 それだけだ。

 それ以上でも以下でもない。

 ニヤニヤ笑いを浮かべる紅華の顔が脳裏に浮かんだが、それは敢えて考えないことにしておく。


 華やかな高級ブティックが並ぶショッピングモールを通り抜け、僕とミクリは、高級マンションに通じるロビーへとやって来た。


 ここに来た時点で、アマレ君がこの、すばらしくデカくて金がかかりそうな物件に住んでいることは、なんとなく察していた。

 察していたが、凄い。

 天井のシャンデリア代だけで、僕の借金の残りが消し飛ぶかもしれない。


 広々としたロビーには警備員とコンシェルジュがおり、ミクリが来訪を告げると、背広を着込んだオジサンが「少々お待ちください」と告げて奥に引っ込んだ。


「アマレとやらは、こんなところに住んでるの? まさに、住む世界が違うって感じだね……」

「これを言うとますます驚かれるかもしれませんが、それどころか、この島そのものが、星条コチョウ様が所有する不動産なのです」


 もちろん僕は驚いた。

 驚きをエネルギーに変換できる機構がもしあれば、月くらいには軽く飛び立てていたに違いない。

 そして、世に生まれ出でた不幸を思った。

 何故、神はこの不均衡をお許しになるのか、と嘆いた。


 ミクリ曰く、星条コチョウは、菫青家のように、代々受け継ぐ家屋敷のようなものを持っていない。とっくの昔に処分してしまったという。

 その代わりに、女王国のいたるところに土地を所有する不動産王としての顔を持ち、各地を忙しく行き来しているという。

 世継ぎの父親はなるべく政治に関与しないのが望ましいというのは、建前に過ぎない。コチョウはそのメリットを最大限に活かし、巨万の富を築いたのだ。


「あのさ……君って、すごく事情通な気がするんだけど、気のせい?」

「よく言われますが、大したものではありません。学院にいれば、自然と得られる情報です」


 本当にそうだろうか。ミクリが実は忍者だ、といわれても信じられる。

 そうこうしているうちに、先程のコンシェルジュがもどってきた。


「申し訳ありませんが、お取り次ぎできそうもありません」


 ミクリだけでなく僕もついてきているというのに、すげない返事だ。

 ミクリが、溜まっている課題や授業ノートを持ってきていると伝えても、《代わりにお渡しします》との一点張りだ。

 警備員もいることだし、無理には突破できそうもない。


「あの、それって、星条アマレ……君に直接聞いたということですか」


 試しに訊いてみた。


「居住者様のプライベートにかかわることは、お答えできかねます」

「そうですか、すみません」


 彼も仕事だ。マニュアルからは逸脱できないにちがいない。

 僕はミクリの肩を引いて、不自然にならないようカウンターから離れた。


「やはり、先生がいてもダメでしたか」

「行こう。僕にかなりいい名案がある」

「名案、というと?」

「星条コチョウの写真とか、持ってない?」


 コチョウはビジネスマンとしてもかなり有名人で、顔写真を手に入れるのは造作もないことだった。それどころか、彼がテレビ番組に出演した映像すらある。

 ロビーにもどってきたとき、僕はオルドルの魔術を借りた完璧な変装により、星条コチョウに化けていた。

 嫌味なほど真っ白のスーツに黒いシャツ、腰には懐中時計の金鎖が垂れ、手には家紋を刻んだ杖。

 それから、特徴的な……百合白さんと同じ桃色の瞳。長くのばした煌めく白銀の髪を結い上げている。

 黒曜と同じく魔術でも使っているのか、顔には皺ひとつなく、血管が透けそうなほど美しい肌だ。

 とても実年齢通りには見えない。


 僕は帽子と杖を小脇に挟み、ロビーを進んで行く。

 人の死線が否応なくこちらに吸い付くが、歩幅は広く、成功者としての自信に満ちている。

 靴音を鳴らしながら、カウンターの前に立った。


「星条……コチョウ様……!?」


 さっきと同じおじさんが、驚嘆の顔つきで迎えてくれた。

 この勝負、もらったも同然だ。バレても逃げりゃいい。


「やあ、久しぶりだね……ええと、何て言ったっけ。紳士君。忙しいと人の名前を覚えるのに苦労するんだ。君も、私の名前を忘れてしまったんじゃないかと思って心配していたよ」

「いえ、めっそうもございません」


 まあ、このマンションどころか、島のオーナーであるコチョウを忘れることなどありはしないだろう。

 だけど、僕は僕を押し殺し、居丈高に振る舞う。


「そうかい、それじゃ、新しい名前を憶えてくれ。私の息子の同級生だ。どうかな、彼女を我が家に上げてやってもいいだろうか?」


 僕は、恭しく、ミクリを示す。

 男は「もちろんですとも!」と大慌てだ。

 僕らはこうして、居住区画へと進むチケットを手にした。

 居住者にしか入れないエレベーターホールに案内される。

 とくに星条コチョウの住居は最上階のフロアにあり、エレベーターも通常の住人たちとは別になっている。


「うまくいきましたね、先生。でも、こんな方法を使って……いいのでしょうか」


 ミクリがほっと胸をなでおろす。


「あまり褒められた行為ではないけど、忙しい人らしいから、大丈夫じゃないかな。少し様子を見て帰って来るだけだって」


 ルールを守ることに忠実な優等生を励ましつつ、エレベーターに乗り込む、その直前だった。


「失礼、ミスター。肩に埃がついていますよ」


 誰かの手が、不意に僕の肩を叩いた。声が先ほどのコンシェルジュとは違う。

 勢いよく振り返った、その手首を掴まれる。

 それよりも、目の前の光景を前に、僕は凍りついていた。


「魔術を使って私の住まいに踏み込むとは、大した人物だ。恐れを知らないらしい」


 捕まれた手首から、手が離れて行く。しかしそこには、結びつけられた銀色の細い糸のようなものが残っていた。


「さあ、正体を見せたまえ」


 男がパチンと指を鳴らすと、僕の手首が勢いよく持ちあがり、肩口に吸い付いて離れなくなった。

 咄嗟に反対の手が金杖に伸びる。


「おやおや、武器はそこかね」


 男が振るう杖に打たれ、金杖が床に落ちて滑った。

 僕は慌てて飛び退いた。だが、今度は足が動かない。

 見ると、先程巻きつけられた糸と同じものが靴底の下にある。

 床に予め置かれていたのだ。

 僕は、この仕掛けを行った人物を見上げ、呆然としていた。


 そこには、自分と――この僕、ヒナガツバキと全く同じ容姿をした男が立っていた。


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