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2 予兆。当たるも八卦、当たらぬも八卦



 《大魔女》キヤラ・アガルマトライトに勝って、僕は英雄になった。


 《竜殺し》、《薔薇の騎士》、《天才少年教官(マスター)》、《救国の異邦人》――僕を呼ぶ名前に、新しいのがまたひとつ増えた。


 でも実際にしたことといえば英雄とは名ばかりの形のない虚しいことだけなのだから、その全ては過大評価だ。試合に勝って勝負に負けた、というフレーズがこんなにしっくりくる事態ってほかにないだろう。


 さて、まったく誰にも聞かれてなくても、何度でも言おう。


 僕の名前は日長椿。

 書店の棚にイヤというほど並んでるライトノベルと同じく、異世界転移するまでは平凡か、平凡な日常を少し滑り落ちた程度の日本の高校生だった。

 それが今では翡翠女王国というその名の通り女王陛下が治める国の、王立魔術学院の教官という立場に甘んじてる。


 ただし今の翡翠女王国に女王は不在で、政情はめちゃくちゃ不安定。

 そのせいで竜に襲われ、命を何度も狙われた。異国からやってきた魔女とも戦ったし、それから莫大な借金も負わされた。多大な犠牲と喪失と裏切りと、果てのない失血と負傷と絶望と裏切りの果てに、手にしたものはごくわずかだ。


「ふあぁ……」

「お疲れのようだね。激しい戦いだったから無理もないけれど」


 欠伸にすかさず合いの手を入れてくる、長い廊下の先を行く若い男性は、マスター・オガル。

 ファンタジックな水色の髪をしているが、僕と同じ青地に金刺繍の上着を羽織っていることからわかる通り、魔術学院の教官だ。それも占星術担当。

 こうしてみると、オガルは同僚の中でも若い。


「いやぁ、なんだか最近夢見が悪くって」

「ほう、それは興味深い。助言が必要なら、いつでも聞くよ」

「貴方の夢占いは当たりそうでなんかヤだなぁ……」


 答えると、オガルは心の底から残念そうな顔をした。

 マスターと呼ばれるだけあり、オガルの占いの腕は一流を越えて超能力の域に達してる。


「夢は個人的なものだからそれ以上追及はしないが……《予期しない夢》には気をつけたほうがいいよ」

「予期しない夢?」

「何故こんなことを夢に見るのかわからない、見当もつかない夢のことだ。何かの予兆かもしれない」

「……それなら、いまのところ問題無さそう」


 なにしろ悩まされているのは《人を殴り殺す夢》なのだった。

 汚い見覚えのある部屋にいて、硬くて重たいものを手に持って、容赦なく振り下ろす……そんな夢。

 身に覚えがありすぎる。

 考えてみれば、女王国に来るまでもなく、自分の眠りは浅かった。

 夜、瞼をとじたあとは、昼間にためこんだ不安と後悔が僕を苛む。眠らなければ朝は来ないかもしれない、なんていう馬鹿な考えに支配されて、悪夢へと落ちて行くのに耐え続けるだけの日々だ。


「にしても、凄い家だな……」


 僕はいま、マスター・オガルに頼みこみ、菫青家の屋敷に来ていた。

 郊外とはいえ目の前にはただひたすらに広大な敷地、出迎えにずらりと居並ぶ使用人、手入れの行き届いた庭と家族三十人暮らしでも耐えれそうな屋敷が広がっている。


「――僕にはわかる。これは、間違いなく生まれながらのスーパー金持ちの家だな」

『いや、誰でもわかるだロ。門をくぐった時点で』


 いかにも名推理、という風に指を鳴らした僕にツッコミを入れるのは、妄想と狂気の世界に生まれ、僕が魔法を使った瞬間に肉を食らってやろうと虎視眈々とねらってる、魔法少女アニメでは定番のマスコットキャラクター的存在、その名も化け物鹿の《オルドル》だ。

 わあすごい、なんてファンシーかつメルヘンな紹介文なんだろう。

 ダークでデスな方向性で、だけど。こんなマスコットキャラクター、いてたまるかよ。


「いやあ、これは規格外ですよ。代々資産家だよ。まちがいなく祖父母がとかのレベルをはるかに超えてるやつだよ、数百年単位の金持ちじゃないとムリなやつだよ」

「マスター・ヒナガ、使い魔と丸聞こえの内緒話するのはやめてくれないかな……」


 オガルは恥ずかしそうにうつむきながら言う。

 厳密には、オルドルは使役魔ではないのだが、こいつのことをそう認識する魔術師は彼がはじめてではない。


「マスター・オガルは僕が連れてる使い魔の気配が感じとれるの?」

「いや。でも君を占うと少し違和感があるんだ。まるでよく似た別々の人間ふたりを前にしているような……でも、その使役魔、思い違いでなければ弱っているような気がするよ」

「え? それは、占いの結果?」


 オガルは頷いた。


 弱ってるのか? オルドル。


 心のなかで問いかけてみた。一瞬遅れて『フン』とふてぶてしくも鼻で笑う音が聞こえてくる。

 まあ、当たるも八卦当たらぬも八卦が占いだ。

 いかに占いの天才とはいえ、外れることもなければ、それは予知とか予言のカテゴリーになってしまうだろう。


「あとね、私もナツメもどちらかというとこの家とは疎遠なので、誤解なきよう」


 オガルは少し、さっきまでとはちがう顔色で忠告してきた。


「あれ? そうなの?」


 きょとんとする僕。

 長い長い廊下を案内しながら、オガルは深いため息を吐いていた。

 彼はポケットから鍵を取り出し、廊下の奥に唐突に現れた分厚い扉を開けた。


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