黒のアサシン
いつもの感じです。
暗闇の中を走り人知れず命を奪うアサシン。
背後より忍び寄る影に誰も気付く者は居ない。
今夜もアサシンの時間が訪れる。
「クソ! アサシンが紛れ込んでいるぞ! 探せ!」
「紙装甲だから数発当てれば終わりのはずだ!」
「動きが早くて……」
城を守る兵士達が影から影へと移動するアサシンに翻弄されて、パニックを起こしている。
城門を守る兵士の隊列が崩れ、僅かな隙間に城を攻め立てる軍勢が押し寄せた。
「門に取り付いたぞ! 押せ押せ!」
ここぞとばかりに魔法エフェクトやスキルエフェクトが飛び交う中、城を攻める軍勢の代表者の背後に先程まで門前で大暴れをしていたアサシンが現れる。
「約束は門に取り付くまでだったな?」
「もう少し、もう少しで城が落とせそうなんだ。手を貸してくれないか?」
「別料金になるが?」
高過ぎる依頼料を払えない代表者は、渋々とトレードウインドウを開き、約束の通貨を支払った。
「ここからは陽の当たる場所だ。そこに俺の居場所は無い」
アサシンはそう呟くとオブジェクトから伸びる影の中に吸い込まれ、溶けるように存在を消した。
城攻め代表者の傍に無言で立っていた男が、アサシンの気配が無くなるのを待って話しかけて来る。
「今のが黒のアサシンっすか? 噂通りっすね」
「ああ、噂通り……キモいな」
二人が黒のアサシンと呼ばれる高レベルプレイヤーとのやり取りを思い出し、鳥肌を立てている頃、背後では城門破壊成功の歓声が上がっていた。
二十年以上も続く老舗MMORPGゲーム「LAN AGE」
ファンタジー世界を舞台にモンスターハントだけにとどまらず、プレイヤーVSプレイヤーの戦いである戦争までも可能な一昔前のオンラインゲームである。
このゲームにどっぷりと浸かりきった男が一人、パソコンの前でニヤニヤと自分の行動を振り返り悦に入っている。
「おれ……かっこいい」
先程のドライなアサシン傭兵のやり取りに感動して、手元のノートに会話を忘れない内に書き込む。
興奮の為に喉の渇きを感じて「飲む方」のペットボトルをガボリと口に突っ込み、甘いジュースをゴクゴクと飲み干して大きく息を吐く。
アサシンの中の人こと、後藤田ふみひろは「LAN AGE」と歩んで来た二十年を振り返り、自分史上最高のシチュエーションに興奮していた。
「やっぱアサシンだよ!」
細身でスピード重視の為に、攻撃力や防御力は大した事は無いが、移動方法や認識阻害のスキルに加え、敵に与える状態異常スキル等は、直接接触してからのスキルである為に、本職のウィザードよりも成功率は数段上である。
攻撃力が低い為にレベルを上げる事が困難とされていたアサシンだが、色々な物を犠牲にして来たふみひろにとっては、全く苦にならないスペックであった。
ご機嫌なふみひろの耳に階下の母親の声が聞こえて来る。
「ふみひろちゃん! 御飯よ!」
「今行く!」
プログラマーの勉強をかれこれ二十年も自宅二階でやり続けているふみひろに、母親は何処までも優しかった。
甘いジュースを切らす事無く補充を続け、ふみひろの好物である塩辛く、甘辛い、脂っこい、御飯の進むおかずを好きなだけ用意して、冷蔵庫には常に間食が用意されていた。
二階の部屋を出て階段に差し掛かると、いつも通りに階段の手すりに手をかけると、手すりの根元からパキンと音が聞こえて来た。
普通の人間には大した事が無い事でも、二十年を引きこもりで過ごし、甘やかされて来たふみひろの体重は、すでに百二十キロを超える巨漢になっていたが、本人にはその自覚が全く無い為に、何処かのんびりとした感覚でいつもと違うアングルで見る階段の風景を楽しむ様に見つめていた。
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ふみひろは今ゴネている。
「だーかーらー! 俺のママが変な宗教にハマったのは、俺が引きこもっていた所為じゃなくて、神様であるあなたの力が弱い所為でしょ? そこに俺の引きこもりは関係ないデショ!」
「よって神様の謝罪と補償を要求します!」
「だーかーらー、最初から言いますよ?」
ここは精神体の集う魂の審判所、流れる時は関係無く存在する為に時間の概念は無い。
敢えてふみひろのゴネている時間を地球に換算すると、もう三年程はゴネている計算になる。
「え? 解ってくれれば良いんですよ、で、補償の内容ですが」
「だーかーらー……」
ふみひろがゴネにゴネまくり転生に漕ぎ着けた条件は、ファンタジーっぽい世界で、ゲームの中でふみひろが使っていた装備で、ゲーム内で使用していたアバターのレベルとステータスを持ちこんで、異世界でアサシンをやりたいと言うものであった。
神様の提示した「てんとう虫に二十回転生した後に、アブラ蝉五回の転生をしたら、人間に転生」と言う条件を覆し、ここまで我儘放題の転生は今迄類を見ないだろう。
そしてふみひろは今、新たな大地へと降り立ったのである。
黒のアサシンとして、その太い二本の足で百二十キロの体重を支えて……
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装備は確かにゲームの時に使っていた装備だが、腹周りを覆い隠す程の余裕は無く、黒い革の上下は突き出た腹だけ剥き出しになっている。
少しダボっとしたデザインの革のジャケットは、まるで全身タイツの様に身体に張り付き革のパンツも、ももひきの様になっている。
「これで破れないとは、流石はドラゴンの革」
ふみひろがこの世界に来て初めて呟いた言葉がこれだった。
顔の大部分を覆い隠すアサシンマスクは、口元を隠すだけの風邪予防のマスクみたいな有様に成り下がり、帽子やグローブもどう見てもサイズを間違えたか、洋服屋で見栄を張った人にしか見えない。
「さあ、……アサシンの時代の始まりだ」
どうやらふみひろの中では、今の現状の受け入れは済んだ様だ。
ふみひろは街道らしき道を進んで行く。
五分置きに休憩を取りながら……急激な運動は膝に負担がかかるので無理はいけない。
ふみひろは影渡りのスキルを使用する。
影渡りのスキルは影から影へと移動するスキルである。
なので結局は影の中を歩くので五分置きに休憩を取る。
ふみひろは気配察知のスキルを使用した。
頭の中に地図が浮かび上がり、地図上に黄色の光点が見える。
「ゲームと一緒なら黄色は人だな……ならば赤色は、モンスター……」
地図上に散りばめられた光点によると、人里は今迄歩いて来た方角。つまりは逆方向に歩いて来た事になる。
ふみひろは気力が無くなり不貞寝した。
「この世界は俺に何キロ歩行かせれば気が済むんだ!」
五百メートル程の距離を逆方向に歩いて来た自分に呪いの言葉を吐く。
ふみひろがボンヤリと地図を眺めていると、赤い光点がこちらに近付いて来るのが見えた。
「モンスターか?」
ふみひろがむっくりと起き上がり、腰のナイフを構えて気配のする茂みを睨みつけていると、ガサガサと茂みを踏み荒らしながら身長二メートル程の巨体が現れた。
巨体の主は片手に棍棒を携えて、必要最低限の布と動物の革を身に付けているので、知能はある様だ。
決定的に違うのは頭には豚の頭が乗っている事だろう。
「豚の化け物か……」
ふみひろがボソリと呟くと、豚の化け物が目を血走らせて激昂状態になる。
「お前には言われたくないブヒよ!」
こうして初戦闘の舞台の幕が切って落とされた。
ふみひろがナイフを目の前に掲げ、太陽の光を反射させてオークの目を眩ませる。
「うぉっ! まブヒ!」
オークが怯んだ隙に木陰に移動して影渡りを開始する。
ふみひろは影の中をドスドスと移動してオークの影の下に潜み、コッソリと腕だけを出してアキレス腱を斬りつけるが、生き物の腱がそう簡単に切れる訳も無く、ちょっぴり傷をつけるだけの結果となった。
「ブッヒヒ! この程度の切り傷など、可愛い女の子の唾でも付けておけば治るブヒよ!」
影渡りのスキルを解いたふみひろにオークは不敵な笑みを浮かべる。
「ふっ……傷だけじゃ無いぜ」
ふみひろ得意の状態異常スキルが、アキレス腱を斬りつける瞬間に発動していたのだ。
「ぬぬ……身体が動かないブヒよ!」
「諦めろ、麻痺の状態異常は薬か魔法じゃ無いと治らない」
ふみひろが麻痺で動けないオークに止めを刺す為に、足を踏み出した途端背後から声が掛けられる。
「動くなブヒ!」
慌てて背後を振り返ると二匹のオークと、その手にはロープで縛り上げられた修道服を着た美しい女性が見て取れる。
気配察知を怠っていた事を悔やみながらも、食い込んではいけない場所のあちこちに、ロープを食い込ませる修道服姿の女性にふみひろの目は釘付けだった。
「ブッヒヒ、この女は村の聖女だブヒ! 下手に動くと聖女があんな事やこんな事になるブヒよ!」
新手のオークはロープを乱暴に引くと、聖女の口から悲鳴が漏れる。
「た……助けて下さい! 私、このままだと色んな物に負けてしまいます!」
聖女は負けやすい事をカミングアウトする。
「負けますか?」
「即負けです」
ふみひろの確認に聖女は頷いた。
新手のオーク二匹は下卑た笑いを貼り付けたまま、ふみひろに近付いて来る。
「ふん、無粋な豚の化け物め」
「お前には言われたくないブヒよ!」
同じシチュエーションで新手のオーク達を激昂状態に陥れた瞬間に、ふみひろは指をパチンと弾く。
「何をするかと思ったら指を鳴らすだけブヒか、そこで大人しく聖女の負け戦を見学してるでブヒよ」
オーク二匹は乱暴に聖女の修道服を剥ぎ取った。
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「あ、あの……一体何が起こってるのですか?」
ふみひろに縄を解いてもらった聖女は、麻痺状態のオークにむしゃぶりつくオーク二人組を見ている。
「認識誤認のスキルさ、あの二匹には麻痺したオークがとても美味しそうに見えているんだろうな、さあ今のうちに逃げようか」
オーク二匹が麻痺したオークにイタズラを仕掛け、その場はまるで地獄の様だった。
「ペロペロするブヒよ!」
「やめるブヒ! やめるブヒよ! そんな所に指は入らないブヒよ!」
足早に駆け出す聖女をふみひろは止める。
「急ぐ事は無いぜ、休憩しながら行こう」
ふみひろと聖女は人里へと逃げ出した。
五分毎に休憩をとりながら……
「本当にありがとうございました。なんとお礼を言って良いのか……私の名前はリンデルと申します。良ければお名前を教えて頂けますか?」
村に戻り状況を村の警備兵に説明したところ、ふみひろは一躍英雄に祭り上げられた。
一晩の宿を借りる為に神殿に案内され、聖女ことリンデルに改めて感謝されているところであった。
「好きに呼べば良い、名前は無い」
「では、ブーちゃ「クロだ。俺の名はクロだ」
「はい、クロ様」
聖女はおもむろにふみひろの前でひざまずき、白く突き出たふみひろの腹を撫で上げた。
「な、何を……」
「私はお礼に渡す物を何も持っていません。なのでせめてものお礼としてこんな事くらいしか……」
「お、オウフ……」
ぴちゃぴちゃと水音を立てながら、聖女の右手が激しく動く。
「ああ……」
ふみひろは堪らず膝を折りそうになった瞬間に、聖女が大声をあげる。
「出来ました! これでサイズ違いに間違われる事もありませんよ!」
黒尽くめのふみひろの衣装で、ぽっかりとはみ出した白い腹に聖女は黒インクを筆に浸し、綺麗に塗り潰したらしい。
確かに遠目で見ても全身黒尽くめに見えるが、彼女も負けず劣らず残念な女だった。
一晩の宿を借りたふみひろは慣れない寝台の中で思う。
「即負け聖女か……異世界も捨てたもんじゃないな」




