五
「外は さっき見たっつぅの!」
「目を凝らさなくては。皆も早よぉ」
国生に促され、一同も斡真に倣って手近な窓に鼻っ面を突き合わせる。
『目を凝らして』と言われても、何処に視点を合わせたら良いのか、
夫々が戸惑う中、前髪の長い少女=結乃が息を飲み込み、腰を突く。
「ひ、ひぃ!!」
引き攣った悲鳴に、一同は訳も解からずに窓から距離を置く。
小金井は身構えながら左右を見やり、声を荒げる。
「な、何だッ、何か見えたのか!?」
「あぁ、ぁ、……化け、化け、化け物!」
結乃は窓の外を頻りに指差し、床に突っ伏す。
吃りきった その口調には随分な恐怖が聞き取れるから、斡真は改めて窓の外を見やる。今度こそ目を凝らして。
(トンネルの中にしたって暗すぎるんだ……一体 何処へ向かって走ってるのか、
ヨミヒラサカだとか言ってたが、そんな名前の駅だって、ここいらには無い)
「こんなに暗けりゃ何も見えねぇ、」
「闇が濃いが故に、何が隠れていても可笑しくはない」
「まぁ、な……」
(壁とか落とし穴とか、見えないからぶつかるし、落ちる。
それだけじゃねぇ、何が潜んでいても―― って……)
見えなかったものも、見ようとして初めて目にする事が出来る。
「な、何だ、アイツらぁ!?」
言葉の意味を形にする様に、闇の間に間には蛆を纏った醜態の化け物達が無数に蠢いている。
人の姿には見えるが、ザンバラの髪、干からびきった体躯、ギョロリと光る双眼で、電車に揺られる斡真達を、手ぐすね引いては走って追い駆ける地獄絵図。
斡真が叫べば、皆にも同じ物が見えただろう、揃って悲鳴を上げる。
「きゃぁあぁあぁ!!」
「ど、どうなってるんだ!? 化け物が、妖怪が、窓の外に見えたぞ!! 目の錯覚か!?」
「ぼ、僕、駄目なんだってばっ、ゾンビとかオカルトとかぁ!
国生サン、こうゆう冗談は勘弁してくださいよっ、やめさせてくださいよ!」
「吾は黄泉醜女に八雷神の類。
列車を止めては、忽ち吾に追い着かれてしまう。
ヤツガレの仕業では無いので、どうにも。すまんね、中谷由嗣」
電車を止めれば化け物の襲撃を甘んじて受けなくてはならないと言う事らしい。
然し、国生は至って平素としているから、斡真は再び掴みかかる。
「テメェ、何しやがった!? こんなん普通に見られるモンじゃねぇだろ!!
適当な事ほざいてんじゃねぇぞ!!」
「適当とは耳障りの悪い事を言う。
ヤツガレは嘘はつかぬ。つけぬ身であり、立場。
高槻斡真、お主らが見る世界にこそ偽り無し。何せ、ココは黄泉比良坂。命無き者の上る坂」
「あ……?」
全員が腰を抜かして頭を抱える様を見下し、国生は憫笑を浮かべる。
「お主らは、浄土へ向かう死者なりて」
何を言い出すのか、国生の言葉に斡真の手から力が抜ける。
(浄土? 死者? 俺達が死んでるって言いてぇのか、コイツは……)
今こうして生きているのだから、理解しがたい国生の発言。
夫々がキョトンと、間の抜けた顔になる。
否、コレは素人参加型のテレビ番組ではなかろうか、ならばコレ程の大仕掛けにも頷ける。
差し当たり、この国生と言う男は 売れない俳優か何かだろう。
そんなエンターテイメントを想像したのは斡真だけでは無い。
「あの、テメェの頭は大丈夫デスカ?
この場合、俺達が空気読んだ方がイイんデスカ?」
素人ドッキリ番組にしては手の込んだ構成。
ソレを台無しにしてしまっては申し訳ない気にもなるから、斡真は国生の耳元で声を潜める。然し、国生は顔色一つ変えない。
「案ずる事なかれ。ココにおれば、ひと時は賽の河原に留まろうぞ」
「だから、言ってる意味があっちこっち解かんねんだって。
バイト代によってはヤラセにも付き合ってやるから、お前の演技だけで乗り切ろうとか、ちょっとアレだっつの」
「受け入れるも、ソレに非ずも、お主らの思うが儘に良し。
ヤツガレは、お主らに頼みがあって参上した。
ヤツガレの望みを叶えさえすれば、ヤツガレはお主らをココから解放し、
地上へ戻してやるも吝かでは無い」
素人サンいらっしゃい、リアル謎ときゲーム。
斡真の頭には、そんな冴えないタイトルが浮かぶ。