五弐
由嗣は国生を見やる。
「ムツミさんを助ける為に、瀕死になった人間をココに招いたんですか?
アナタは」
「的外れでは無い。
然し、もうコレ以上、我が最愛の妻に地上を穢される訳にはゆかぬと思ったのだ」
地上の穢れ。
国生は地上に齎された多くの不幸を思い出し、表情を苦悶に歪める。
「人間は互いに傷つけ合い、自然も又、それを排除すべく多くの災害を巻き起こした……ソレもコレも、ヤツガレが受けた呪いが故であろうよ……」
『私はお前の関わる全ての事象を呪う! そして全てを滅ぼす!! 必ず、必ず!!』
「ヤツガレが産み作りし現世を、妻は呪い続けておる……」
生死は背中合わせ。ならば、現世と常世である黄泉も背中合わせ。
その隙間を縫って呪いが現世に染み渡る。
そうして齎される災厄が後を絶たないと言うのなら、如何なる年月をかけてでも、
国生は国生みの神としての役割を果さなくてはならない。
「ヤツガレは今一度、妻との謁見を果す」
この言葉に、由嗣とムツミは瞠若する。
「そんな、無理ですよ! アナタは黄泉に触れる事が出来ない!」
「無論。承知の上。然し、ヤツガレは今も妻に焦がれておるのだ。
ならば、この身が焼け落ちようと、煤と変わるその間際まで、
今度こそ側にいて添い遂げたいと思うのだ」
「国生サン……」
夫を愛して止まないからこその恨み。
身を寄せる事で想いを伝えなければ、呪いが止む事は無いだろう。
国生は懐から黒御鬘と湯津津間櫛を取り出すと、ムツミに差し出す。
「意富加牟豆美命よ、
コレより先……お主が閉ざした石扉は、お主の力が無くば開かぬ扉となった。
故にどうか今一度、扉を開きにヤツガレと共に参ってはくれぬか?」
「イザナギ様、そのような事をしては本当に……」
「帰りには お主がコレを使うのだ。無事に賽の河原、彼岸の地へ戻れるよう」
現世に放たれた呪いを晴らす為、今を生きる者達と、コレから生まれようとする多くの命を育む為、国生にはこの3つの所望が必要だったのだ。
何かを守ろうとする思いの深さは理解できる。
由嗣は頷き、立ち上がる。
「ソレじゃ、僕も一緒に行こうかな。どうせ僕も黄泉に呼ばれる身なんだし」
「否、中谷由嗣よ、黄泉はお主の魂までも穢す事は出来まいて。
ココに留まり、崇高な魂のまま、迎えを待つが良い」
「ソレじゃぁ益々安心だ。
僕の降りる駅はきっと、斡真達が降りた駅にも負けないくらい綺麗な所なんでしょう。でも、まだ時間はありそうだ。
ムツミさんを無事にココまで送り届けるくらいの時間が」
「由嗣サン、」
「帰りは1人ですよ? 髪留めと櫛だけじゃ頼りないでしょ?
ソレに、こんなにも人間臭い国生サンと離れるのは、僕だって名残惜しいんです」
国生は 何ものにもなれぬ成り損ないでは無い。
既にその域を飛び出し、神と名乗るには不恰好な程に人間らしい穏やかな移ろいを持っている。ソレこそが、求め、別れを名残惜しむ情緒。
「さぁ、行きましょう、国生サン。
僕を乗りかかった船から追い出したりしないでくださいよ」
最後の最期まで、意味のある生き様を。
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