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ヤツガレの所望。  作者: 坂戸樹水
52/57

五壱


「斡真達には、戻って欲しかった」


 だだソレだけの思い。

だからこそ、由嗣は たった1人で4両目に挑もうとしたのだ。

どうせ帰る事が適わない命なら、その在り方の意義を貫きたかったのだ。


「ゅ、由嗣……」

「だって、僕には斡真の気持ちが解かったから」

「由嗣……」

「斡真が、僕達だけは助けようとしていた事。

その為なら、自分を犠牲にする覚悟を決めていた事……」



『必ず見つけて来る! だから諦めるな! 絶対に2人をココから出してやるから!!』



(全部、俺達の為に?)


「由嗣、俺は……」

「ありがとう、斡真。会えて良かった」

「由嗣、」

「斡真は もうとっくに、」


 由嗣の言葉を遮る様に扉が閉まれば、電車は加速し、風を生む。

突風が逆巻き、視界を覆う。



「由嗣……由嗣、由嗣!!」



 手を伸ばせど、空気を掴むばかり。

光は薄れ、車窓からの眺めは次第に闇を濃くする。



*



「国生サン、ありがとうございます。

僕の事、気づいていたのに言わないでくれて」


 斡真達との別れが辛い。

由嗣は その場に座り込み、降車扉に背を凭れるとボトムの裾を捲くる。

異形に噛みつかれた歯形は黒ずみ、腐り始めている。



「――人間とは、奇なり」



 斡真達に心配かけまいとした由嗣は、黄泉の穢れを隠し通し、最後まで遣り遂げたのだ。

その不屈とも言える信念には脱帽させられる。


「ソレじゃ、揃々 種明かしをして貰えませんか?

どうしてアナタが、1度は手放した物を もう1度取り戻そうとしたのか。

その為に、何故あんなにも多くの犠牲を払ったのか。

国を生む神、伊耶那岐命」


 イザナギノミコト。


 ソレは神の名だ。だが、ソレこそが国生の本当の名。

だからこそ、由嗣はその本性に気づいた時点で正体を明かす事を『烏滸がましい』と憚ったのだろう。


 こうもあっさり言い当てられては話を反らす事は出来まい。

国生は頷く。



「見事、相違なし。ヤツガレは国を生み作りし神・伊耶那岐。

そして、何ものにもなれぬ成り損ない」



 最愛の妻を黄泉に堕とした挙句に逃げ出したのだから、自嘲せずにはいられない。


「ヤツガレは天地開闢より授かりし黒御鬘を捨て、湯津津間櫛を捨て――

そして最後には人をも犠牲にし、黄泉を逃れた……」


 国生が目を閉ざせば、ムツミは苦しげに頭を振る。


「いいえ、犠牲ではありません。私は自ら望んで そう致したのです。

神である貴方様を見捨てるなぞ、どうしたら出来ましょうか?

既に傷ついた貴方様には、黄泉の扉を閉ざす事は出来なかった……

だから私が閉ざしたのです」



『イザナギ様、私がこの石扉を閉めますから、さぁ、お逃げになって』

『否、その扉は内からのみ閉ざせる境界。故に、神の力でも無くば……』

『ご安心くださいませ、イザナギ様。内から閉ざせると言うのなら、内から。

名も無き小娘とて、この身を捧げ、お役に立ちましょう。

その代わりイザナギ様、この名も無き小娘に、どうか名を与えてはくださいませんか?』

『名を?』

『父も母も無き身。故に、名も無き身。

故に、誰にも呼ばれぬ孤独から、どうか お救いくださいませ』



「意富加牟豆美命……私は、頂いた名に恥じぬ働きをしたまでなのです」


 多くを救い助けるを意味しての名。

そして僅かな時であっても黄泉での飢えと乾きから逃れられるよう、国生はムツミに桃を持たせ、石扉が閉ざされるのを見守ったのだ。


「桃には邪気を払う力ある。だからアナタは黄泉の中を生き延びた」

「ええ。あの実が私を永い眠りにつかせ、この身を守ってくれたのです」


 この世界では、桃に備わる邪気払いの力が信じられている。

だからこそ、黄泉は間近に桃を口にしていた斡真を穢す事が出来なかったのだ。


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