五零 「始まりの駅」
「スゲェ、俺の強運……」
ソレはココにいる全員が同じく思っている事だ。
特に、国生の驚きは一入。
「見事であった、高槻斡真。お主は やはり荒武者よ」
「褒めてんのかよ、ソレ?」
「無論」
斡真は体を起こし、国生を見上げる。
その隣には、すっかり落ちついた面持ちのムツミが並んでいる。
「ソレが桃?」
「私が意富加牟豆美命。国を生むと致した この方より頂いた名。
桃とは……何処からそのように伝わったのか知れませんが、
きっと黄泉の入口に、桃の枝木が生えていたからでしょう」
この口振りから言って、ムツミは国生に会う事で記憶を取り戻したのだろう。
何であれ、これで国生の所望は全て果した事になる。
「国生、コレで俺達も お役ご免だろ?」
「名残惜しくもあるが」
「気持ちだけ有り難く貰っとくよ」
斡真は苦笑。
ココから解放されれば、2度と国生と会う事は無い。
名残惜しく思う気持ちが無いと言えば嘘になるが、このまま車内に留まっては、折角手にしたチャンスを逃してしまう。
「では、約束通り、始まりの駅へ案内しよう」
始まりの駅。
そこに辿り着けば、斡真達は元の世界に戻る事が出来る。
死を免れ、意識を取り戻す事が出来る。
電車は進む。
車窓からの景色が、次第に明るくなっていく。
斡真と結乃は揃って窓にへばり着き、色彩の変化に安堵の一息をつく。
「由嗣、見ろよ! 明るくなって来たぜ!」
「陽が昇るみたいです! すごくキレイです!」
「そうだね。やっと帰れるね。
やっぱり……戻ったら皆、お互いの事を忘れちゃうのかな?」
「え? そうなのか、国生っ?」
国生が僅かに目を細めれば、傍らに腰かけるムツミが代わって頷く。
「ココは命無き者の訪れる黄泉比良坂。
今や、現世と常世には境界が引かれ、生者の記憶には残らぬ世界です」
「そんな……」
言われてしまえば元も子も無い。
結乃が肩を落とすと、斡真は調子よく笑って矮小の背を叩く。
「別にイイじゃねぇか。グロイもんスッカリ忘れて、バッチリ戻れるんだしよ!
こうやって会えたんだから、また会えるって気もするし。
いや、絶対! なぁ、由嗣!」
「……そうだね、」
由嗣は斡真から目を反らし、薄い笑みを見せる。
そして、国生が立ち上がれば電車は速度を落とす。
「始まりの駅だ」
小さなブレーキ音を立て、電車は止まる。窓の外は真っ白だ。
光に包まれている様でありながら、眩しくは無い。雲の上の様な淡い世界。
降車扉が1枚開く。
「感謝する」
「ああ」
「末永く、現世を謳歌すると良い」
「ああ」
湿っぽい別れは願い下げ。
斡真は結乃の背をトン! と押して、電車の外に連れ出す。
そして、電車を振り返れば、そこには国生とムツミ、その隣に由嗣が佇む。
「由嗣?」
「……斡真、ごめん。僕は降りられないんだ」
「なに言ってんだ、お前……」
由嗣と結乃が訝しめば、由嗣は自分の脹脛に目を落とす。
「傷口から黄泉が入り込んでしまったから、」
3両目の冠水で由嗣は異形にフクラハギを噛まれている。
その時に、異形の牙が肉に食い込んだのだ。
斡真は息を飲んで察するも、受け入れられぬ思いで頭を振る。
「そんな、フザケ……嘘だろ……?」
「ごめん」
「な、何で言わなかったんだ……戻れないのに、何であんなムチャな事……」
元の世界に戻れないと気づいていた由嗣が、何故アレ程 必死に黄泉と戦ったのか、その気が知れない。




