四
斡真は目鯨を立て、声の主を振り返る。
「随分、余裕なヤツがいるみてぇだな!!」
一喝を浴びせるも、斡真は直ぐさま驚愕し、目を見開く。
「ふふふふ。―― 切歯扼腕な中、失礼をした。
否、余りにも皆々が窮蹙しているものだから、憐れに思えてならんで」
黒いハットに黒いスーツを纏った若い紳士が座席に座って足を組んでいる。
服の仕立ては一級品だろう光沢と、透き通る白い素肌が幽玄だ。
(こんなヤツ、さっきまでいなかっただろ……いつ現れた!?)
車両の中に、忽然と現れた6人目。
出る事も敵わない車両の密室に どうしたら入り込めると言うのか、
一同は答えを探す事も出来ず、体を強張らせる。
男は『何者なのか?』と問う皆の様子に立ち上がり、ハットを取ると深々と頭を垂れる。
「お初にお目にかかる。
ヤツガレは……そうだな、国生とでも名乗っておこうか」
口元の左右が吊り上がる笑みに整った美しさはあるが、怪奇と言える不気味さも備えている。
「こく、しょう……?」
「国を生むと致しての名。お分かりになったか、荒武者の如く高槻斡真」
「何で俺の名前、」
「ヤツガレには容易い事」
国生は笑みを深めると、貫通扉に寄りかかって狼狽える由嗣を指差す。
「お主は、中谷由嗣。実に麗しい青年だ。
その姿は深淵に差し込む煌きと言っても余りあるだろう」
次に、携帯電話を両手に握る、前髪の長い少女に指先を移す。
「お主は、羅川結乃。可哀想に、未だ殻を破れずにいるね?
然し、案ずる事なかれよ。ソレこそが穢れ無き純真と云うもの」
当然、目を赤くした女子高生の素性もお見通しだ。
「お主は、置管薫子。
自らが如何に武器となるかを悟っているとは、まこと見事なり。
然し、その驕りに足元を掬われぬよう」
最後に、国生に目を合わせられる男は肩を震わせる。
「お主は、小金井良男。
財を孕ませるに長けた策士。須らく精進するが宜しい。
雖も、それ以外の裁量には恵まれぬ様子。良き友を作られよ」
国生は全員の名を言い当てると、電車の揺れに合わせて首を傾げる。
「驚く事なかれ、皆の者。この列車は黄泉比良坂を走っているだけの事」
「ヨミヒラサカ?」
「オイっ、聞いた事ねぇぞ、そんな路線。
それよりアンタ、一体どっから降って湧いたんだッ?」
「降って湧いたとは……ふふふふ。実に的を射ているね、高槻斡真。
ヤツガレは まさしく降って湧いた。先程の一瞬にして」
「な、何を言ってるんだかな……えっと、国生サンだったかな?
どうせ何処かに隠れていたんでしょう、」
「それも又、実に的を射ての事よ、小金井良男。
ヤツガレは身を隠し、傍観する者」
「兎も角、どうしたらココを出られるか考えよう!」
「中谷由嗣、麗しいキミの言う事だ、
ヤツガレも その思いに協力してやりたくはあるが、ソレ故に、ココから出す訳にはいかずにおるのよ」
国生と言う男の冷静さは、今が何事なのかを理解しているからこそ。
ならば話は早い。斡真は国生に詰め寄る。
「ココから出すワケにはいかねぇって、テメェが俺達を閉じ込めてるってのか!?」
「言わずもがな」
「フザケんじゃねぇぞ!!
どうやったか知らねぇが、こっちゃぁテメェのマジシャンごっこに付き合ってやる程 暇じゃねんだよ! とっととドアロック解除しやがれ!」
「それは出来ぬ」
「あぁ!?」
多くの乗客を瞬時に消し、この車両ばかりを隔離した手前をマジックの一言に集約するのは無理がありそうだが、いつ迄もこんな密室に閉じ込もってはいられない。
斡真は聞き分けの無い国生の胸倉を捻り上げる。
「ぅオイ! ブッ飛ばされたくなけりゃ、言い訳ほざく前に俺達を解放しろ!」
「今は ここが1番安全だと気づかないでか」
「何処が安全だって!?」
「表に出れば、忽ち帰らぬ者となるだろう」
「俺だって走ってる電車から飛び降りたかねぇよ! ちゃんとブレーキかけさせろ!」
「否。闇によって その姿を隠してはおるが、――よぉく外を見るが良い」
「あぁ!?」
「外を」
再度に渡って窓の外を指差されれば気になりもする。
斡真は国生の襟を放すと、殴りつける様に降車扉に手を付く。