四四
『見てはならぬと、吾程にも申しましたのに……ソレを、ソレを……
こうなっては、ココから貴方様を帰す訳にはいきませぬ……
私と共に、ココに留まりなさいませ……』
「ヤツガレは恐れた。醜い姿となった妻を。
気づけば、ヤツガレは妻に背を向け、逃げ果せようと走っていた」
『貴方様! 何故に逃げますか! 私の事を吾程 愛してくださったのに!!
私は貴方様に逢う為に浄土を下り、こんな姿になってしまったと言うのに!!
そんな私を置いて、黄泉から逃れようと言うのですか!!』
「羅川結乃よ、お主の言う通り、ヤツガレは何ものにもなれぬ成り損ない。
最愛の妻を黄泉に引きずり下ろし、あまつさえ、拒絶した非道な男なのだ」
『おのれェエェエェ!! 私を辱めた忌々しい男め!!
私はお前を決して許さぬぞ!! 私はお前の関わる全ての事象を呪う!!
そして、全てを滅ぼす!! 必ず、必ず!!』
「以来、ヤツガレは最愛の妻の呪いに縛られておる」
「そんな……」
その呪いを打ち払うべく、これ程の無理難題を押しつけているのか、
だとすれば、国生も必死なのだろう。
「全てヤツガレの不徳の致す所。皆にはすまぬと思っておる……
然し、引けぬ理由があるのだ」
「理由?」
国生は4両目の闇に目を向ける。
「意富加牟豆美命さえ取り戻す事が出来れば、万事、収束させてみせようぞ」
*
闇の先に耳を欹てて聴こえて来るのは、女の啜り泣く声。
頭の中の想像では、あの異形が涙の代わりにボロボロと蛆を零す姿。
そんな醜態は見たくない。
だが、意富加牟豆美命を手に入れる為には、この先に進まなくてはならないだろう。
(クソ、あの何とかの剣っての、レンタルしてくりゃ良かったぜ、)
最大の防御は走って逃げる事。
余計な荷物は不要と思っていたが、最終ステージは別だったか知れない。
近づく嗟泣に、斡真は握り拳を作る。
(ブッ飛ばす……まずブッ飛ばす!)
慎重に慎重に。
そして、もう間も無くと言う所で嗟泣が消える。
「そこだぁ!!」
斡真はライトを向け、形振り構わず拳を振り上げる。
「きゃぁぁ!!」
「!?」
「よせ、斡真!!」
拳を振り下ろそうとした先に見えるのは、膝を抱えて蹲る浴衣姿の女。
この女が泣いていた様だが、見る限り普通の人間。
そう察すると、斡真はつんのめる勢いで拳を止める。
「な、な、何でココに女!?」
「貴方がたは、一体 何処から……?」
涙声を奮わせた女はココに1人で留まっていたのか、いつからココにいたのか、聞きたい事が山ほど頭に浮かぶ。
由嗣は腰を屈め、女の様子を窺う。
「あの、お怪我は?」
「ぃ、いいえ……あの、ココは……ココは何処なんでしょうか?
私、この先でとても恐ろしいものを見ました……躯が、沢山の躯が……」
この女はトンネルの先から ココまで来た様だ。
ならば、見たものと言うのは黄泉の者に違いない。
襲われずに済んだのは不幸中の幸いだ。
「解かりました、無事で良かったです。ココで、何か食べたり飲んだりはしましたか?」
「いいえっ、まさか! 気づいたら この隧道の中にいて……」
「ズイドウ? 何だそりゃ?」
「斡真、トンネルの事だよ」
「あぁ、成程!」
「気づいたら、と言うと? 灯りの点いた車両にいたんじゃなく?」
「しゃりょう? 私自身どうしてココにいるのか……
何処から来たのかも全く思い出せないんです」
斡真はしゃがみ込み、女の顔にライトを当てる。
見た所、年頃は斡真達と変わらない。
泣き腫らした痕はあるも、怪我をしている様子は無い。




