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ヤツガレの所望。  作者: 坂戸樹水
45/57

四四


『見てはならぬと、吾程にも申しましたのに……ソレを、ソレを……

こうなっては、ココから貴方様を帰す訳にはいきませぬ……

私と共に、ココに留まりなさいませ……』



「ヤツガレは恐れた。醜い姿となった妻を。

気づけば、ヤツガレは妻に背を向け、逃げ果せようと走っていた」



『貴方様! 何故に逃げますか! 私の事を吾程 愛してくださったのに!!

私は貴方様に逢う為に浄土を下り、こんな姿になってしまったと言うのに!!

そんな私を置いて、黄泉から逃れようと言うのですか!!』



「羅川結乃よ、お主の言う通り、ヤツガレは何ものにもなれぬ成り損ない。

最愛の妻を黄泉に引きずり下ろし、あまつさえ、拒絶した非道な男なのだ」



『おのれェエェエェ!! 私を辱めた忌々しい男め!!

私はお前を決して許さぬぞ!! 私はお前の関わる全ての事象を呪う!!

そして、全てを滅ぼす!! 必ず、必ず!!』



「以来、ヤツガレは最愛の妻の呪いに縛られておる」

「そんな……」


 その呪いを打ち払うべく、これ程の無理難題を押しつけているのか、

だとすれば、国生も必死なのだろう。


「全てヤツガレの不徳の致す所。皆にはすまぬと思っておる……

然し、引けぬ理由があるのだ」

「理由?」


 国生は4両目の闇に目を向ける。



「意富加牟豆美命さえ取り戻す事が出来れば、万事、収束させてみせようぞ」





*



 闇の先に耳を欹てて聴こえて来るのは、女の啜り泣く声。

頭の中の想像では、あの異形が涙の代わりにボロボロと蛆を零す姿。

そんな醜態は見たくない。

だが、意富加牟豆美命を手に入れる為には、この先に進まなくてはならないだろう。


(クソ、あの何とかの剣っての、レンタルしてくりゃ良かったぜ、)


 最大の防御は走って逃げる事。

余計な荷物は不要と思っていたが、最終ステージは別だったか知れない。

近づく嗟泣に、斡真は握り拳を作る。


(ブッ飛ばす……まずブッ飛ばす!)


 慎重に慎重に。

そして、もう間も無くと言う所で嗟泣が消える。



「そこだぁ!!」



 斡真はライトを向け、形振り構わず拳を振り上げる。


「きゃぁぁ!!」

「!?」

「よせ、斡真!!」


 拳を振り下ろそうとした先に見えるのは、膝を抱えて蹲る浴衣姿の女。

この女が泣いていた様だが、見る限り普通の人間。

そう察すると、斡真はつんのめる勢いで拳を止める。


「な、な、何でココに女!?」

「貴方がたは、一体 何処から……?」


 涙声を奮わせた女はココに1人で留まっていたのか、いつからココにいたのか、聞きたい事が山ほど頭に浮かぶ。

由嗣は腰を屈め、女の様子を窺う。


「あの、お怪我は?」

「ぃ、いいえ……あの、ココは……ココは何処なんでしょうか?

私、この先でとても恐ろしいものを見ました……躯が、沢山の躯が……」


 この女はトンネルの先から ココまで来た様だ。

ならば、見たものと言うのは黄泉の者に違いない。

襲われずに済んだのは不幸中の幸いだ。


「解かりました、無事で良かったです。ココで、何か食べたり飲んだりはしましたか?」

「いいえっ、まさか! 気づいたら この隧道の中にいて……」

「ズイドウ? 何だそりゃ?」

「斡真、トンネルの事だよ」

「あぁ、成程!」

「気づいたら、と言うと? 灯りの点いた車両にいたんじゃなく?」

「しゃりょう? 私自身どうしてココにいるのか……

何処から来たのかも全く思い出せないんです」


 斡真はしゃがみ込み、女の顔にライトを当てる。

見た所、年頃は斡真達と変わらない。

泣き腫らした痕はあるも、怪我をしている様子は無い。


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