四参
結乃は手摺りに掴まり、4両目に続く貫通扉の先を見つめる。
「斡真サン、由嗣サン……」
待っているのも気が気では無い。
貫通扉からの闇を見つめ続ける結乃の背を、国生は流し見る。
「まだ時間に猶予はある」
「2人が戻って来るまで、ココで待っていたい……」
例え2人が意富加牟豆美命を手に入れる事が出来なかったとしても、迎え入れるくらいの事はしたい。
2人の安否を気遣って止まない結乃の姿に、国生は小さく頷く。
「――黄泉にはヤツガレの愛した、妻であり妹がおる」
国生の言葉に、結乃は瞠若。
国生は相変わらず定位置に腰かけ、愁いだ表情を浮かべている。
黄泉に触れて負った怪我は、ケロイドの痣が僅かに残るばかりに塞がっている。
「……奥サン、ですか? 妹サン、ですか?」
「妻であり、妹だ」
兄妹で婚姻したと言う事だろうか、結乃が困惑を隠せない中、国生は静かに続ける。
「妻は沢山の子を産んでくれた。然し、産後の肥立ちが悪く、命を落としてしまった」
「そう、ですか……ソレで、国生サンの奥サンは黄泉に選ばれてしまったんですね?」
「否。それは違う」
「?」
「ヤツガレが堕とした」
「え?」
結乃は耳を疑う。
見て来た黄泉は暗く、腐臭は漂い、じっとりと湿った肌触りの悪い空間。
そんな場所に、最愛の人を堕とす必要があるのだろうか。
「聡明である我が妻は、浄土へと向かっていたのだ。
然し、ソレをヤツガレが引き戻した。
どうしても最後に一目……今一度 会いたいと願うが故に……」
妻にとっても国生は最愛の夫。
その夫の望みに応えるべく、妻は浄土から踵を返してしまったのだ。
「ヤツガレが死者である妻と逢えるのは、この黄泉比良坂に限られる。
然し、ヤツガレは知らなかったのだ。決して黄泉を見てはならぬ事を……」
『貴方様、暗いからと言って火を焚いてはなりませんよ?』
『何故? ソレでは愛する お前の顔が見えぬではないか』
『こうして再び会う事が出来たのですから、ソレで宜しいではありませんか』
『否。お前に会っては焦がれて止まぬ。共に現世に戻ろう』
『出来ませぬ。私は貴方様にお会いする為、黄泉の物を口にしてしまった……』
『ソレが何だと言うのか?』
『私はもう、黄泉の者になってしまったのです……』
『ヤツガレがコレ程 望んでいると言うのに、お前は帰れぬと申すのか?』
『……帰れませぬ。こうして暗闇の中、貴方様とお話するのも今宵1度ばかり』
「2度と会えぬなら尚更の事。
ヤツガレは妻の顔を目に焼きつけるでも無くば、帰れぬ思いになった」
『ぁ、貴方様、何を!』
「ヤツガレは妻が拒むも聞かず、松明に火を点け、闇を照らした」
『イヤァアァ!! 見てはなりませぬ、見てはなりませぬ!!』
『どうした、我が最愛の妻よ! どうか一目、その美しい顔を見せてくれ!』
「羅川結乃、黄泉の一片を見たお主には知れよう。
我が最愛の妻が、如何に醜悪な姿に変わってしまったのか……」
黄泉に現れた異形達は、肉は爛れ、干乾び、生前の姿なぞは想像も出来ない程に変わり果てている。
最愛の妻がそう成り代わってしまったと知った瞬間の国生が、どれ程の衝撃を受けたか知れない。
そして、そんな姿を見られた妻の苦痛は言外だ。




