四弐
「斡真、大丈夫?」
「何が?」
「体力」
「大丈夫、なわけねぇし。俺、ここ入れっと4回目の突入だっつの。
死亡フラグだわ」
「ハハハ、だよね」
由嗣は苦笑しながら、点滅するライトが照らす周囲を見回す。
「斡真、僕の予測なんだけど、意富加牟豆美命は“桃”かも知れない、って」
「桃? また食いモンかよ……って、国生から聞いたのか?
アイツ、見なけりゃ分かんねぇとか ほざいて無かったか?」
「うん。でも、桃だよ。桃としてココに落ちてるかは分からないけど」
「俺達が拾って来た食いモンに国生が触ると何かに変わる、ってゆうのがパターンだろ?」
「ソレが、僕が知る限り、桃は桃のまま何だ」
「どうゆう意味だよ?」
「髪留めだった黒御鬘は葡萄に、和櫛だった湯津津間櫛はタケノコに変わった。
でも最後に国生サンが黄泉に向かって投げたのは桃だったんだ。
桃は黄泉に落ちても桃のまま。ちょっと、その辺が引っかかるけどね」
「そんな話、いつ聞いた?」
「聞いたわけじゃないけど……でも、そう何だ。
国生サンは その3つを犠牲にして、黄泉から生還したんだよ」
「アイツもココに入った事あんのか……」
「うん。ある人を追い駆けて、黄泉を訪れたんだ。
だけど、想像していた世界とは違ったもんだから、戻る事にしたんだろうね」
「ソレで俺らみてぇにヒデェ目に遭ったと」
「ハハハ。そう。でも逃げ切った。
だから、黄泉からすれば、国生サンは憎たらしくて堪らない男なんだよ。
箒を逆さに立てたくなる程にね」
そこまで拒絶されるとは、ソレはソレは見事な逃亡劇だったのか、
結果的に国生は黄泉に触れられない体となった訳だ。
「桃、か……クソ、腹減った……」
「うん。見つけても食べないでくれよ?」
「当たり前」
食い意地のまま意富加牟豆美命に齧りついては本末転倒。
然し、この地下鉄トンネル内に桃が実っているとは、やはり想像が出来ない。
きっと、突飛な所に生えているのだろう。
「ンで、国生は犠牲にしたその3つを、今度は俺達を使って取り戻そうってか。
今更って気もすっけどな?」
「うん。どうして又、そんなものが必要になったのか……
黄泉に拒絶されてる国生サンが取り戻しても、意味があるとは思えない」
無事に逃げ果せる為のアイテムとして必要な代物なのは解かったが、
黄泉に立ち入れない国生が、ソレらを使う機会は無いだろう。
然し、国生の様な得体の知れない男の考える事に検討はつくまい。
斡真は腹を摩る。
「そぉいやぁ、チビから貰ったケーキん中に桃が入ってたっけなぁ」
「そうなの? こうゆう状況で桃が食べられる何て縁起の良い男だよね、斡真は」
「縁起? 何だよソレ?」
「知らないの? 桃は昔から邪気を払うって……」
言い終えぬ間に、由嗣は『ああ!』と納得の声を上げる。
「どうした?」
「そうか、だからか……
3両目で意識を失っていた斡真が、水を飲まずにいられた理由……」
斡真は3両目では睡魔に負けて、顔面から泥水に突っ伏している。
然し、その際には一滴の水も飲んでいない。
意識を手放し、体力すら底を尽いていたにも関わらず、奇跡的にも2両目に戻る事に成功した点は、フェルミ推定でも計測不能か知れない。
由嗣は そのレア現象の数々が、事前に食べていたフルーツケーキの桃にあると言いたい様だが、やはり発想が突き抜けている。
「やっぱり斡真は、希に見る強運の持ち主だ!」
「ハァ?」
一流大学に通う一流の脳ミソに、三流大学の三流脳ミソが太刀打ちするのも無駄な話か、斡真は首を傾げるばかりだ。
さて、左右前方・天井にと隈なくライトを向け、注意深くの探索をする中、奇妙な音が耳につく。
2人は足を止め、互いに目を合わせる。
「由嗣、何か聞こえねぇか?」
「ぅ、うん……女の人の声、かな?」
耳を澄ませば、前方の暗闇を縫う様に僅かな声が漂っている。
見通しの悪い この暗闇に隠れている者があるとすれば、ソレは異形に違いない。
「聞こえるって事は、近いね……」
「まだ引き返してもいねぇのに、今度は お出迎えの準備かぁ?」
深々と沈む暗闇の先を、じっと見据える。
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