参九
「ふざけんな!!」
斡真の怒声に、結乃はビクリ!! と肩を震わせる。
「斡真、サン……」
「絶対に帰るって言ったの、お前だろ! この俺相手に大ボラ吹きやがったか、クソガキ!
迎えが着たから行くって!? はぁあぁ!? かぐや姫にもなったつもりかぁ!?
大体、ユキトってヤツはどーすんだ! そいつに伝えたい事ってのは どーすんだよ!?」
「之登……」
今日は弟=之登の誕生日。
姉はその日に潔く死のうとでも言うのか、そうなれば之登は一生、誕生日を祝えなくなる。
思えば思う程 辛くなるが、自分勝手な都合で2人を危険な目に遭わせる訳にもいかない。
そんな見っとも無い事をしては、ソレこそ之登に顔向け出来ないのだ。
結乃は下唇を噛み、頭を振って降車扉に向き直る。
「チビ!!」
斡真の声が背中に突き刺さる。
最期くらいは名前で呼んでくれれば良いものを、そんな気遣いの無さが斡真らしくて笑える。
「逝ってきます、」
降車扉に最後の1歩で近づくと、結乃を迎え入れる様に、闇の中から腕が1本伸ばされる。
結乃は息を飲み、恐怖に体を固める。
「ぉ、降ります……だから、ココへは入って来ないで……」
〈……〉
「お願いします……」
〈アァァァ……キミかぁ……そうかぁ……持って来てくれたのかぁ……〉
「こ、小金井サン?」
癇症の小金井は いちいち声を尖らせていたが、暗闇から聞こえて来るのは生気の欠片も無い。
然し、声色に間違いは無いから、一同は息を飲む。
「小金井サン、生きてたのか! だったら戻って来いよ、早く!」
〈もぉ無理だぁ……水を鱈腹 飲んじまった……〉
「そ、そんな、そんなモン、吐き出せよ!」
〈キミは本当にどぉしよぉも無い事ばァァっかり言う……〉
「文句なら後でちゃんと聞くからよ!
戻って来いって、小金井サン! 一緒に帰ろうぜ!」
〈アァァァ……もぉ良く分からないぃ……
けれど良かったぁ……腕、返して貰うぞぉ……〉
闇から伸ばされた1本の手は暫し探る様に宙を掻き、軈て結乃の懐に自分の腕を見つけ、掴み取る。そして、静かに引き下がるのだ。
そのまま結乃を闇の中に引きずり込むかと思いきや、小金井がアッサリ引いてしまうから拍子抜け。
斡真は呆けて佇む結乃の腕を掴み、力任せに抱き寄せる。
「チビ! 勝手な事すんじゃねぇ!!」
「斡真サン、」
決して車外には出さないとする斡真の強い思いに、結乃は胸を打たれる。
然し、黄泉は小金井の腕を取り戻す為だけに電車を止めた訳では無いだろう。
魂を迎え入れる迄は、電車の走行を阻み続ける。
〈アァアァアァアァ……痛い、痛い、痛い……
腕を取り戻しても まだ痛い……アァアァ……酷い目に遭った……〉
小金井は闇の中をウロウロと彷徨いながら電車の左右を行き来し、ブツブツと愚痴を垂れる。
〈あの時、助けてくれりゃぁ こんな目には遭わなかったのに……
キミは何度、俺を蹴りつけたか覚えているか?
助けてくれと、何度も俺が頼んだのを覚えているか……?
ソレなのにキミときたら、自分ばかりは助かろうとして……何てヤツだ……〉
バン!!
「きやぁ!!」
背後の窓が叩かれ、薫子は座席から転がり落ちる。




