参
男は手作業を諦め、電子パッドを鞄の中に仕舞うと、手摺りを掴んで怖ず怖ずと立ち上がる。
「き、気になって仕方が無いんだが、後ろの車両、静かすぎやしないか?
停電してるって言うのに……
普通なら、明かりのある この車両に避難したがるもんじゃないのかッ?
ま、まさか、人がいない何て事は無いだろうなッ?
ここも、知らない内に乗客が減ってるし!」
事を荒立てないよう気を付けたい所で男が不穏を漏らすから、少女と女子高生は肩を竦ませ、斡真と由嗣に答えを求める様な強い視線を向ける。
雖も、貫通扉が開かない今、後部車両に様子を見に行く事も出来ない。
車内アナウンスを待つばかりは皆同じ。
それでも由嗣は、3人の動揺を静めるよう柔らかい口調で言い諭す。
「大丈夫、こうゆう時は何処でも誰かしらが纏めていたりするもんだから。ねぇ、斡真」
「ぁ、ああ……だな。取り敢えずアナウンス待ちって事で、」
「ドアが開かないって、どっか壊れてるって事だろ、スピーカーも壊れてるって事はっ?
そしたら、放送だって入らないんじゃないか!?」
「それは、そのぉ……」
「だからッ、ここで様子みようって言ってんだろがッ」
「他の車両には放送されてて、皆、安全な場所に避難しているって事は無いのかっ?
そうしたら、我々だけが取り残されるじゃないか!」
男は言ったら切りも無い不安を躊躇せずに捲くし立てる。
不安は解かるが、大の大人の空気の読めない様には手が付けられない。
斡真は遂に声を尖らせる。
「ココは電気も点いてんだ!
落ち着きゃぁ後部車両の誰かしらが様子見に来んのが常考だろぉが!
つか、車輪の音がうるせぇから、向こうの騒ぎも聞こえねぇだけだっつぅ、―― って……」
最後まで言い終えぬ儘、斡真の言葉は尻窄む。
(音、しなくねぇ?)
当たり前に聞いていた『ガタンゴトン』と言う滑車音が、何処に耳を向けても聞こえない。
空気を裂くホワイトノイズと、僅かな揺れを体感できるばかり。
(電車、止まってるのか? いや、動いてるよな?)
明確に判断できない。それ程に静まり返っている。
斡真は焦燥に任せて運転席前まで戻り、又も車窓にへばり着く。
「ど、どうなってんだ……?」
(先の線路が見えねぇじゃねぇか!!)
「何処、走ってんだよ、この電車……」
こんな暗闇を走っていると言うのに、電車はヘッドライトも点けていない。
輪郭の1つすら捉える事が出来ない闇空間に斡真がゴクリと喉を鳴らせば、一同も倣って窓の外に目を向ける。そして、青褪めるのだ。
「え? え? え? 何コレ……
真っ暗すぎて、ここがトンネルの中なのかも分かんない……何が起こってんの……?」
女子高生は涙ぐむ。頭の中だけでは処理が追いつかない。
前髪の長い少女は手荷物を座席に預けて立ち上がると、遽走って降車扉に駆け寄る。
そして、ドアコックを引っ張り出す。
このレバーを動かせば、ドアエンジンの回路が解放され、手動で降車扉を開閉できる様になる筈だ。然し、何度動かしてもビクともしない。
「閉じ込められた……」
少女の呟きに、女子高生は愈々もって泣き出す。
「嘘!? な、何で!? ヤダ、怖い!! 怖いよぉ!!」
「バ、バカな! 冗談じゃないぞ! そっちのドアは開かないか!?」
「駄目です、何処のドアも開かないっ、」
「あっちもこっちも動かねぇって、どうゆう事だよ!?」
貫通扉だけで無く、全てのドアが開かない。
斡真は少女を押し退けると、乱暴にドアを蹴りつける。
ガツン! ガツン!
ガツン! ガツン!
「ザケンな、ゴラぁ!! ポンコツ走らせんな、バカヤロ!!」
「ャ、ヤダ、怖い、怖い、怖いよぉ、うぅぅ、」
「斡真、やめろっ、女の子が怖かるからっ、」
「ぬるい事言ってんじゃねぇよ! ドアぶち破って表出るしかねぇだろが!」
「落ち着けって! ドアが開いたって走ってる電車から降りられないんだから!
それに、障害物が飛んで来たら、」
「車掌は何やってるんだ! アナウンスはまだか!?」
「携帯の電波も無い……」
「クッソ! どぉなってんだ、この電車はよぉ!!」
最後の一蹴りも虚しく、ドアには傷一つ付かない。
その代わりに、声を潜めた笑い声が車内に漂う。
「ふふふふふふ……」
何処へ向かっているかも分からない車両に閉じ込められたと言うのに場違いな輩がいたものだ。