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ヤツガレの所望。  作者: 坂戸樹水
37/57

参六


「優しい人に、なりたい……」


 斡真がポツリと呟けば、ソレは車両に染み渡り、一同の顔を上げさせる。

一体 何を言わんとするのか、誰にも斡真の真意を知る事は出来ない。


 兎も角、一同には考える時間が必要だ。

この期に及んで急かす事も無い国生は、頼りなく転がる小金井の腕を拾い上げ、丁寧に抱えて3両目の中央座席に腰を下ろす。こうして結論を待つ心算だ。


 由嗣は体を重たそうに立ち上がると、薫子の肩に手を置く。


「薫子チャン、椅子に横なった方が良いよ。斡真も。

結乃チャンは大丈夫? 眠ってしまっても良いから」


 切迫した状況にも関わらず、由嗣の気配りは大したものだ。

自分の事で手一杯な斡真は自嘲の笑みを浮かべる。


「お前、スゲェな……大物になるって、」

「うん。ありがとう」


 2人は肩を並べて座席に腰を投げ落す。


「疲れたな……」

「うん……」


 車窓から見えるのは、相変わらずの暗闇。

耳には闇を切り裂くホワイトノイズ。車体は左右に僅かな揺れを伝える。


「なぁ、お前、幾つ?」

「19だけど?」

「うわ、俺と同い年かよ、最悪だな……」

「何で?」

「出来が違いすぎるっつぅか……つか、学生?」

「うん。K大」

「マジ? 一流じゃんか。もっと最悪だっつの」

「何でぇ? 斡真は?」

「N大」

「ああ。N大は理系に強いよね」

「強いって、K大の足元にも及ばねぇっつの」

「関係ないよ、そうゆうの。僕は斡真を尊敬してる」

「あぁ?」

「結乃チャンを助けた。それにタケノコだって採って来た」

「その言い方、パッとしねぇなぁ」


 『タケノコでは無い、湯津津間櫛だ』と言いたげに、斡真は苦笑する。

電車がいつ停まるのか、今はその事を考えたく無い2人は会話を続ける。


「斡真は将来の夢はあるの?」

「ねぇよ、そんなもん」

「じゃぁ、警官になったら? 

斡真は正義感が強い。根性もあるし、向いてると思う」

「ハ……ハハ、お巡り、ねぇ」


 高校時代は随分と世話になった派出所の警官を思い出す。

獰猛なヤンキーが警官を薦められる様になるとは、コレも成長なのか、空笑い。


「俺の事はイイっつの。そうゆうお前は? K大なら選びたい放題だろ」

「教員になりたくて」

「ぇ……?」


 由嗣の答えに斡真は瞠若し、凭れていた背を伸ばす。


「何? どうしたの?」

「ぃゃ、別に……いや、兄貴と同じだったもんだから」

「へぇ! 斡真のお兄サンが? 会いたいなぁ」

「ぁぁ……、」


(そう言えば、由嗣の落ち着いた感じは、兄貴とカブるかも知れねぇ。

思い遣りがあるっつぅか、深いっつぅか、

こんな時だって、自分の事より他人の事みてぇなトコあるし。

このまま電車が停まって……

俺は地獄行き確定だろうけど、由嗣なら天国にいる兄貴に会えるかも知れねぇな?)


 斡真が俯いて沈思を見せれば、由嗣も神妙に考え込む。

そして次には、この場に不似合いな笑みを浮かべる。


「斡真。僕、決めたよ」

「?」

「国生サンの所望を果す」

「ぇ……」


 マヌケ面の斡真を他所に、由嗣は善は急げと言う様に腰を上げる。


「ま、待てよ、何でっ、」

「このまま死にたくない」

「ゎ、解かってんのか!? 次はもっとヒデェか知れねぇ、小金井サンみたいに……」

「うん」


 充分 理解している。

そう頷く由嗣の面持ちには、何処か吹っ切れた様な清々しささえ見える。


「大丈夫。今度は僕が取って来るから、斡真達はココで休んでて」

「は、は? ひ、1人で行く気かッ?」

「うん。動けそうなのは僕くらいだし」

「な、なにヤセ我慢してんだよ!? バカな事言ってんじゃねぇよ!!」

「取って来たら今度こそ帰して貰おう」

「由嗣ッ、」


 由嗣は踵を返し、3両目で待つ国生を目指す。

引き止めたくも、その腕が重い。追い駆けたくても、その足が重い。


(兄貴、兄貴、俺は、優しい人に何かなれなくたってイイ……

一生 出来損ないだ、地獄で詫びるよ、

ただその前に、戻りたい……コイツらを元の世界に戻してやりたい!!)


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