参六
「優しい人に、なりたい……」
斡真がポツリと呟けば、ソレは車両に染み渡り、一同の顔を上げさせる。
一体 何を言わんとするのか、誰にも斡真の真意を知る事は出来ない。
兎も角、一同には考える時間が必要だ。
この期に及んで急かす事も無い国生は、頼りなく転がる小金井の腕を拾い上げ、丁寧に抱えて3両目の中央座席に腰を下ろす。こうして結論を待つ心算だ。
由嗣は体を重たそうに立ち上がると、薫子の肩に手を置く。
「薫子チャン、椅子に横なった方が良いよ。斡真も。
結乃チャンは大丈夫? 眠ってしまっても良いから」
切迫した状況にも関わらず、由嗣の気配りは大したものだ。
自分の事で手一杯な斡真は自嘲の笑みを浮かべる。
「お前、スゲェな……大物になるって、」
「うん。ありがとう」
2人は肩を並べて座席に腰を投げ落す。
「疲れたな……」
「うん……」
車窓から見えるのは、相変わらずの暗闇。
耳には闇を切り裂くホワイトノイズ。車体は左右に僅かな揺れを伝える。
「なぁ、お前、幾つ?」
「19だけど?」
「うわ、俺と同い年かよ、最悪だな……」
「何で?」
「出来が違いすぎるっつぅか……つか、学生?」
「うん。K大」
「マジ? 一流じゃんか。もっと最悪だっつの」
「何でぇ? 斡真は?」
「N大」
「ああ。N大は理系に強いよね」
「強いって、K大の足元にも及ばねぇっつの」
「関係ないよ、そうゆうの。僕は斡真を尊敬してる」
「あぁ?」
「結乃チャンを助けた。それにタケノコだって採って来た」
「その言い方、パッとしねぇなぁ」
『タケノコでは無い、湯津津間櫛だ』と言いたげに、斡真は苦笑する。
電車がいつ停まるのか、今はその事を考えたく無い2人は会話を続ける。
「斡真は将来の夢はあるの?」
「ねぇよ、そんなもん」
「じゃぁ、警官になったら?
斡真は正義感が強い。根性もあるし、向いてると思う」
「ハ……ハハ、お巡り、ねぇ」
高校時代は随分と世話になった派出所の警官を思い出す。
獰猛なヤンキーが警官を薦められる様になるとは、コレも成長なのか、空笑い。
「俺の事はイイっつの。そうゆうお前は? K大なら選びたい放題だろ」
「教員になりたくて」
「ぇ……?」
由嗣の答えに斡真は瞠若し、凭れていた背を伸ばす。
「何? どうしたの?」
「ぃゃ、別に……いや、兄貴と同じだったもんだから」
「へぇ! 斡真のお兄サンが? 会いたいなぁ」
「ぁぁ……、」
(そう言えば、由嗣の落ち着いた感じは、兄貴とカブるかも知れねぇ。
思い遣りがあるっつぅか、深いっつぅか、
こんな時だって、自分の事より他人の事みてぇなトコあるし。
このまま電車が停まって……
俺は地獄行き確定だろうけど、由嗣なら天国にいる兄貴に会えるかも知れねぇな?)
斡真が俯いて沈思を見せれば、由嗣も神妙に考え込む。
そして次には、この場に不似合いな笑みを浮かべる。
「斡真。僕、決めたよ」
「?」
「国生サンの所望を果す」
「ぇ……」
マヌケ面の斡真を他所に、由嗣は善は急げと言う様に腰を上げる。
「ま、待てよ、何でっ、」
「このまま死にたくない」
「ゎ、解かってんのか!? 次はもっとヒデェか知れねぇ、小金井サンみたいに……」
「うん」
充分 理解している。
そう頷く由嗣の面持ちには、何処か吹っ切れた様な清々しささえ見える。
「大丈夫。今度は僕が取って来るから、斡真達はココで休んでて」
「は、は? ひ、1人で行く気かッ?」
「うん。動けそうなのは僕くらいだし」
「な、なにヤセ我慢してんだよ!? バカな事言ってんじゃねぇよ!!」
「取って来たら今度こそ帰して貰おう」
「由嗣ッ、」
由嗣は踵を返し、3両目で待つ国生を目指す。
引き止めたくも、その腕が重い。追い駆けたくても、その足が重い。
(兄貴、兄貴、俺は、優しい人に何かなれなくたってイイ……
一生 出来損ないだ、地獄で詫びるよ、
ただその前に、戻りたい……コイツらを元の世界に戻してやりたい!!)




