参五
「余命は幾許と無し」
「だけど、虫の息は残ってる。違いますか?」
「―― 相違なし」
由嗣だけは、この状況を理解しはじめた様だ。
「確かに、国生サンの言う通り、ココには感覚的なものが存在しないみたいだ」
由嗣は3両目で傷を追っている。
泳ぐ人面に脹脛を噛まれ、ズボンには歯形の穴が空くにも関わらず、不思議と痛みは無い。
「由嗣、止血はっ、」
「必要ないよ。最初から血なんか出てないんだから」
流血していてもおかしくない負傷だった筈。
ソレが手当ても不要であるとは、現実的に有り得ない。
「国生サン、アナタが何者なのかを追究するつもりはありません。
きっとそれは、僕がするには おこがましい事だ。
ただ1つハッキリしているのは、この黄泉比良坂を上りきるまでなら、
アナタは僕達を元の世界に戻せる。
ソレは、現実の世界で虫の息になった僕達の意識を目覚めさせる事が出来る、
と言う意味ですよね?」
由嗣の断言に、国生は僅かに目を見開く。
「見事、相違なし」
国生は感心しきった様子で頷く。
雖も、斡真と結乃・薫子は困惑するばかりだ。
「由嗣、どうゆう意味だよ? サッパリ分かんねぇ……」
「斡真、何も考えず聞いて欲しい。多分、このままなら僕らは間違いなく死ぬ」
「考えずに聞ける話か!」
「突飛な事だよ。でも、僕らが あの世に向かってるのは確かなんだ。
この電車が停まって、駅に降ろされると同時、現実の僕らの心臓も止まる」
「何、言って……」
「辛うじて生きているんだよ、現実の僕らは」
国生の言葉なら言い逆らいたい。
然し、共に苦境を乗り越えた由嗣の言う事ならば、俄かに信憑性が増す。
否、信じるに匹敵する。
「待てよ、でもソレじゃ、何が起こったんだ、俺達に……」
ココにいる皆が半死半生と言う事になるが、そこに至る経緯が思い出せない。
微苦笑を浮かべる由嗣は何かを思い出している様にも見えるが、頭を振る事で誤魔化す。
「兎に角、
国生サンが出来るのは、僕達が死に絶える前に意識を取り戻させると言う事。
あの暗闇の中に閉じ込められても、このまま終点を迎えても、僕らは自動的に死ぬ。迎える死の行き先が変わるだけ何だ」
由嗣の道破に、斡真は自らの両手に目を落とす。
(天国か、黄泉か、地獄か……
全てを否定するなら、意識を取り戻さなければならない……)
『残念だが、お主えあの余命も幾許。然し、こうして出会えたも縁。
せめて苦しむ事無きよう、今暫くはこの場に安住するが宜しい』
(ココに留まれば、少なくとも静かに死を迎える事が出来る……)
『斡真、お前は長生きしろよ……』
(親父……)
『帰りましょう、絶対に』
斡真は共に帰還を誓い合った結乃を見やる。
然し、結乃は胸を押さえ、グッタリと首を寝かせている。
3つ目の所望に立ち向かう気力も無い様子に、斡真は肩を落とす。
「だから……どうする、って……由嗣、お前は どうしたい……?」
「……ごめん、分からないよ、」
状況は把握できても気持ちが定まらない。
どうしたいのかが解からない。否、選択は限られているのだ。
黙って電車が停まるのを待つか、最後まで諦めずに挑むかの二者択一。
(国生はこうなる事が判っていたから、俺達に何も語らなったのか……
無責任じゃなく、国生の出来る唯一の優しさだったって?
あぁ、嗤える……嗤えるくらい、俺はバカだ。
国生は犠牲を払ってる自覚をしてる何てもんじゃねぇ、
死ぬしかない俺達の運命を憐れんですら……)
斡真は国生に目を側む。
全身が焼け焦げる痛みはどれ程のものか、死を間近にしても想像すら出来ない。
然し、その痛みを負ってでも余りある程の苦悩を国生は抱えている。




