参参
(――手?)
手なら何万本も見て来た。
然し、灯りの元で見るその手は、指先から肘までの長さを残し、異形の者とは違った瑞々しさがある。手首にはめられた腕時計が持ち主を物語っているだろう。
「小金井サンの、手……?」
うつ伏せていた薫子は、呼吸を取り戻すとムクリと起き上がり、皆の視線の先に目を落とす。
そして、遅ればせながらに取り乱すのだ。
「やぁッ、何よ、これぇ!?」
まさか、自分の足に手だけになった小金井が掴まっているとは思いもしない。
ゲシゲシ!! と乱暴に蹴り払い、縮こまる。
「な、何で……どうして、何があった……? 何でお前の足に……
小金井サンは、先に戻ったんじゃねぇのかよ……?」
「し、知らないっ、アタシ、分かんない!」
「小金井サンは お前を先導してただろ!? 何で分かんねんだよ!?」
「だ、だって、波が……気づいたらいなくなっててっ、」
「足に小金井サンの手だけが残る何ておかしいだろ!?」
「ぁ、斡真、落ち着け、あんな状況だったんだから、」
斡真と由嗣が目を離した間に2人に何が起こったのかは分からない。
然し、非常事態での出来事を冷静に把握するのは、当事者にも難しいだろう。
薫子は寒さに感覚を失っていた。
自分の足に小金井の手がぶら下がっていた事には気づけなかったのだと、
その事実が残るばかりだ。
ソレよりも、腕だけを残して消えた小金井が、今は何処にいるのか……
「どうなってんだよ、国生! 小金井サンはっ――!?」
振り返り、座席に深く凭れる国生の姿に斡真は目を疑う。
「国生、お前……どうした……?」
体から煙を漂わせ、顔の半分は焼け爛れた国生の姿。
安全だろう この車両でも何かが起こっていたのか、
国生は深い呼吸を繰り返し、斡真の問いに答える素振りを見せない。
一部始終を知る結乃は、胸を押さえて項垂れる。
「黄泉に、近づいたから……」
涙まじりの か細い結乃の声に、斡真は呆然と国生を見つめ、口籠もる。
「な、何だよ、ソレ……」
「国生サン、黄泉に近づけない体だったんです……
ソレなのに、一緒にロープを引っ張ってくれた……
体が焼けて痛いのに、我慢して、ずっと……」
国生が黄泉に介入できない事は聞いていたが、まさか体が焼け爛れる程の副作用があるとは思いもしない。
『人間では無い』と豪語しながら、その痛ましい姿は人以外の何ものでも無いだろうに、言葉を失う一同の静寂に、国生は僅かに目を開ける。
そして、静かに一息を零すのだ。
「大事無し。ヤツガレの傷は何れ癒える」
白い煙を上げながら傷口は徐々に塞がり、皮膚の表面も再生している。
目に見える治癒力は やはり人外の顕れ。
そして、2両目に留まる4名を目送し、国生は目を伏せる。
「小金井良男は食われたか」
生々しい言われ方だが、どう食されたのか問うでも無いのは、あらかたの想像が出来るからだろう。
(あの人面に食われたのか……
ソレとも、底に引き擦り込まれる途中で腕が千切れちまったのか……)
「なぁ、やっぱ……喰われりゃ痛ぇのか?」
「黄泉には痛みもあらば、空腹も乾きもある」
「そっか……じゃ、痛かったか、小金井サンは……」
「言わずもがな。
然し、その腕だけでも戻ろうとは、さぞ生き長らえたかったのであろう」
3両目は照明を取り戻し、車内は元の姿を見せている。
「小金井良男は黄泉の者となりて、この賽の河原に戻る事は出来ぬ身となった。
然し、お主らが見事ヤツガレの所望を果したがゆえ、そこな黄泉を切り離す事には成功した」
斡真は体を引き摺る様に立ち上がり、タケノコを国生の手に届ける。
「コレだろ?」
「うむ。見事なり」
国生が手に触れれば、タケノコは和櫛に形を変える。コレが湯津津間櫛。
コレで、一同は国生からの所望を果たした事になる。




