参弐
斡真の体は異形の手に雁字搦めにされ、底とも知れぬ泥沼に飲み込まれ様としている。
(か、完全にアウトだ!! 望みの欠片も見えねぇよ!!)
斡真は沈みながらも口の端を結ぶ。
この水を一滴でも飲み込めば最後、黄泉の物を食した事になってしまう。
(息、ヤベぇしッ、肺、潰れるッ、)
黄泉は侵入者を許さない。
決して帰すまいとした執拗さに抜かりは無いのだ。
泥沼に腹まで飲み込まれるのも時間はかからないだろう。
飲み込まれた先には どんな世界が広がるのか、異形に変化する過程に どれだけの時間を要するのか、そんな嫌な想像に頭を振る。
すると、最後の力を振り絞り、水を一掻きした所に、頭上から無数の枝が降り注ぐ。
(あぁ?)
中々骨太の枝だ。あの低木の物に違いない。
枝は水流の勢いに乗って、随分な速度で水底に落下。
斡真の体にもガツンガツン!! とぶつかる。
(って、、 イテっ、イテっ!! イテぇってんだよ!!
何でこんなモンが降ってきやがるんだって……って、由嗣、アイツの仕業か!?)
随分と闇雲な作戦だが、ソレが功を制し、枝を掴まされた異形の手の動きは奪われつつある。斡真は枝の1本を取ると、箒でゴミを攫う様に異形の手を薙ぎ払う。
そして、失せた手と手の間に、奇妙な物を見つける。
(タケノコ!?)
秋の味覚・タケコノ。
斡真が大慌てで水面に顔を出せば、由嗣は忽ち顔を綻ばせる。
「斡真!! 無事だったんだね!!」
「テメ、言いてぇ事が山ほど、……つか、タケノコ!!」
「山ほどタケノコ!?」
「うるせぇッ、話は後だ!! 兎に角、戻るぞ! ゼッテェ戻るぞ!!」
斡真の手には確かにタケノコ。
水没した闇空間でも随分と立派に育ったタケノコの姿に、由嗣は目を丸めてならない。
さぁ、水流が弱まっている今が退路を縮める好機。2人は必死に水を掻く。
そして遂に、2両目の灯りが視界に飛び込む。
「斡真サン!! 由嗣サン!!」
結乃の声に戻って来た事を実感する。
「チビ! タケノコ!」
「タケノコ……」
まるで野山にタケノコ掘りにでも行って帰って来たかの様な言い草に、結乃は目に涙を溜めて笑う。
「戻って来るって信じてました!! さぁ、早く!!」
薫子は貫通扉にしがみついたまま動けずにいる。よじ登る力は残っていない。
結乃にも引き上げる力は無いだろうから、斡真は先に由嗣に上らせる。
「由嗣、頼む!」
「分かった!」
由嗣は2両目に上がると薫子を抱え上げ、その儘ヘナヘナと腰を抜かしてしまう。
由嗣も体力は限界だ。腹這いになっての帰還。
そして、貫通扉が閉まる。
ガコン。
「丁度60分が経過した」
間一髪。
後1秒でも遅れていれば、斡真の爪先は闇世界に持って行かれていただろう。
一先ずは無事の帰還に安堵するも、結乃の顔色は青くなる。
「あの、小金井サンは……」
疲労困憊に寝転がっていた斡真と由嗣だが、結乃の言葉に水飛沫を立てて起き上がる。
由嗣は脹脛に怪我は負うも、傷が痛んでいる様子は無い。
薫子は傍らにうつ伏せて息を荒げている。だが、小金井の姿だけが無い。
斡真が貫通扉を振り返ると同時、結乃は慄いて声を引き攣らせる。
「ひぃ!!」
込み上げる悚懼に、結乃は座席に腰を抜かして倒れ込む。
一体何をソレ程に恐れると言うのか、その視線は薫子の足元に向けられている。
(何だ……何が、あったんだ……?)
斡真と由嗣は喉を鳴らし、黒目ばかりで結乃の視線を辿る。
恐る恐ると。




