参壱
「人間とは、奇なるもの……」
国生はハットを取ると床に落す。
「故に、羨ましくもある」
その呟きが背後の間近に聞こえれば、結乃は息を飲む。
ロープを握る結乃の両手を覆う様に、国生の白い手袋が重なる。
「ならば、吝かでは無い」
国生がギュッとロープを握れば、忽ち白い煙が立ち上る。
その煙は国生の腕を伝い、仕舞いには全身を覆う。
黄泉に近づき、繋いだ事で、体が溶けようとしているのだ。
「こ、国生サン……?」
「せめて、ここが安住の地となるよう」
*
ロープは徐々に手繰られて行く。その手応えに、4人は光明を見る。
「斡真、僕、思い出したんだ、黄泉比良坂!」
「あぁッ? 何だよ、今ソレ必要か!?」
「日本神話なんだっ、知ってるだろ!?」
「知らねぇよ!!」
「ココは死後の世界じゃなくて、その一歩手前なんだ!」
「どーでもイイ!!」
「だから、僕達はまだ死んでない!
だから国生サンは今の内なら、僕達を元の世界に戻せるって言ってるんだ!」
「あぁッ? そぉかよ! そいじゃ良かったな! 後にしろ!」
「それから、黒御鬘は葡萄で、湯津津間櫛は、――ッッ!!」
言いかけて、由嗣はザブン! と水の中に沈む。
「由嗣!?」
足を取られた様だ。斡真は後を追って潜る。
そこに見えるのは、痛み、苦しむ由嗣の姿。
由嗣のフクラハギには人面が食らいつき、その肉を引き千切ろうとしている。
(クソ!!)
斡真は人面の顔を掴み、上顎と下顎を力任せに抉じ開ける。
ガコン!
人面の顎は砕け、粉になって水中を漂う。
然し、ソレだけは留まらない。水底から生えた手は、数千・数万にも増殖している。
侵入者を手繰り寄せようとする その手の動きが水流を作り、勢いをも増す。
(す、吸い込まれる!!)
渦に飲まれれば一溜まりも無い。
押し上げようとする斡真の助けを受け、由嗣は水面まで伸びる低木の枝を掴む。
ココに掴まっていれば、流れに飲み込まれる事は無いだろう。
由嗣は未だ水を掻く斡真に手を伸ばす。
「斡真!」
「!」
互いの指先が触れるか否か、斡真の体は錘をつけられたかの様な速度で急速落下。
由嗣は寸での所で斡真の手を取り逃がす。
「斡真ぁ!!」
無数の手は、斡真を掴んで離さない。
一方の小金井は、2両目の灯りが見え出した所で後方を振り返る。
「オイ! 後ろの2人は着いて来れてるのか!?」
背後に薫子は確認できるが、その先は見えない。
「ゎ、分かんないっ……ハァハァ……」
「分からないって、お前なぁ!」
「分かんないんだモンっ、もぉヤダぁ、怖いぃ、寒いぃ……」
「そんなの皆 同じだ! グズグズ言うんじゃない!」
小金井の様な男に猫撫で声は通用しない。
言い捨てる様に薫子を叱責すると直ぐ、小金井の体がズルリ……と水中に引き摺られる。
「えッ、……な、――うあ!!」
咄嗟の事にロープから手を放してしまう小金井は、助けを求めて薫子の制服をわし掴む。
「き、きやぁ!! やぁあぁあぁ!!」
「し、沈むッ、助けッッ……うぅ!! 引っ張ってくれ、早くッ、」
「いやぁ!! 怖い! 怖い! やぁあぁ!! ヤダ! 沈んじゃうッ、離してぇ!!」
「ォ、オイっ、、お前、クソ、自分だけッ、」
3両目の出口は間も無くだと言うのに、2人はバシャバシャと争いながら溺れる。
*




