参零
(こなッ、クソ!!)
力任せに薙ぎ払えば、異形の手は脆くも崩れ去る。
だが、新たな手がトコロテン式に生え変わるから切りが無い。
解放された薫子と小金井が水面へ浮上したのを確認し、斡真も2人に続こうとした所で、波に漂う生首が、口をパクパクと動かしながら突進して来る。
(何だありゃ何だありゃ、冗談じゃねぇぞ!!
あんなのに食いつかれたら堪ったもんじゃねぇ!!)
人面魚と言うよりは人面そのもの。
強烈にグロテスクな人面の襲撃に、斡真は驚き余ってに体勢を崩す。
「!」
人面は目と鼻の先。
斡真の顔に齧りつこうと言う所で、人面は砕けて水底に沈んで行く。
(ゅ、由嗣!?)
斡真は瞠若。
恐怖に震え上がりながらも、人面の頭を蹴り落した由嗣の意外すぎる逞しさが その理由。
(ヤケるとイロイロ突き抜けちまうタイプか、コイツ、)
オカルトは苦手だと言っていた由嗣だが、この期に及べば へっぴり腰ではいられない。
由嗣は両手で口を押さえると、アイコンタクトで斡真に浮上を促す。
「ハァ、ハァ、ハァッ、……全員無事か!?」
水面に顔を出せば、命辛々の薫子と小金井がロープにしがみついている。
「オイ、戻るぞ! 早く、今の内に! こ、殺されちまう!!」
「ァ、アタシ、体、動かない、寒い、怖い……」
薫子は冷気にガタガタと震えている。
この分ではロープを握る手も悴んでいるに違いない。
由嗣は腰のロープを解くと、薫子に括りつける。
「薫子チャン、頑張って! 小金井サン、先導してあげてください!」
「チッ、しょうがないな、早く着いて来い!」
由嗣は薫子の背を押し、斡真は一同の足が取られないよう、水の中を警戒する。
(クソヤべぇ、退路が だいぶ伸びてやがるッ、
この水力じゃ、あのチビがロープを引っ張るにも限度があんだろッ、)
一刻の猶予もならない絶望的な展開。
*
斡真の予想通り、2両目に待機する結乃は両手でロープを引き続けるも、今に倒れてしまいそうな程に体は前後左右に大きく振らている。
3両目では中で何が起こっているのか知る由も無いが、まるで巨大な魚でも釣れたかの様だ。
「ぁ、斡真サンッ、」
斡真が力尽きていたとしても、引き返す由嗣達に救出して貰う事は可能だろう。
然し、ソレは一縷の望みか、全体重をかけてロープを手繰ろうと、結局はズリズリと床を滑って体ごと引き戻される。
『お前の力じゃ逆に あん中に引っ張り込まれちまうかも知れねぇ。
ヤバくなったらロープを放せ』
「うぅ、あぁあぁあぁ!!」
斡真の言葉に従う気は無い。結乃は何度でもロープを引き直す。
その性懲りも無い結乃の姿に、国生は哀れむ様に目を細める。
「ヤツガレが その扉を開けておけるのも、残す所10分余り。
羅川結乃、その手を放さねば、お主も黄泉へ引き摺り込まれようぞ」
「ッッ、」
「ここは賽の河原。
お主の末路は知れぬが、所望を果せずとも、終点までは苦痛も無く過ごせるであろう」
引き返すよう合図を出してから、コレだけ奮闘しているにも関わらず1人も戻らない。
ロープの大きな揺れから見ても、3両目は想像を絶して荒れ狂っているのだろう。
何処をどう見ても、結乃に4人を引き上げる力なぞ無い。
この期に及んでは諦めが肝心と国生が仄めかせば、結乃は斡真に負けぬ赫怒で言い逆らう。
「手を放すくらいなら、引き摺り込まれた方がマシだ!!」
「愚かな。お主は閉ざされた真の黄泉の姿を知らぬ」
「知らない……そんなの知らないけど!
皆を見殺しにして1人だけ残ったって、そんな場所に苦痛が無い何て嘘だ!!」
「賽の河原に苦痛なぞ有りはせぬ」
「苦痛だ!! 1人だけ逃げる何て苦痛だ!!
アナタは知らないんだッ、取り残される事がどんなに苦痛なのかを!!」
「――」
国生は息を飲む。
「ココにいたって、私はとっくに苦痛なんだ!!」
肉体における苦痛では無い。結乃の精神が悲鳴を上げている。
弟から引き離され、斡真達の背を見送った時点で、何処に身を寄せようと苦痛なのだ。
然し、人間では無い国生に、人間ならではの痛みを理解する事は出来ないだろう。




