弐八
謂わば、この1両目と2両目は生と死の境=賽の河原。
然し、黄泉は形を保つ魂の力を貪る空間。
力尽きれば、黄泉の物を食べなくても戻る事は出来ない。
魂は溶け、闇に取り込まれる。
「3度も黄泉に至っては、無理も無い」
「!!」
斡真が闇空間に向かうのは、これで3度目。
1度目は2両目を逃げ戻り、2度目は結乃を助けに戻り、そして今。
体力の消耗は限界を極めていたのだ。
こうなる事は、国生には範疇だったのだろう。
覚りきった口調に、結乃は大きく頭を振って貫通扉に踵を返す。
「そ、そんなの嫌ぁ!!」
中に飛び込んで助けようとする結乃の背に、国生は投げかける。
「その命綱は如何に?」
「!」
結乃は息を飲み、踏み留まる。
「その綱の先には他の者の命も繋いでおろうに、
ソレを手放し、高槻斡真を助ける事に何の意味があろうか」
「意味!? 助ける事に意味はあるでしょう!?」
「羅川結乃よ、お主が手繰らずして、その綱に何の意味があろうか」
「!!」
ロープの先には由嗣が繋がれ、薫子と小金井がせめてもの支えとして掴まっている。
彼等が引き返す時には、成長する退路から戻るべき光を見失わないよう、逃げ遅れる事が無いよう、結乃はこのロープを力の限り引き続けなければならない。
容易に手放して良い物では無いのだ。
コレには返す言葉も無い結乃だが、言い収まる訳にはいかない。
振り返り、国生に詰め寄るとロープを突き出す。
「だったら国生サン、アナタが持ってください!!」
「ならぬ」
「どうして!?」
「ヤツガレは黄泉の扉を開き、祓う事は出来ても、繋ぐ事は出来ぬのだ。
ましてやこれ以上、黄泉に近づく事も適わん」
「!」
言われて見れば、国生は黄泉の入り口とは一定の距離を保ち、近づく事は無い。
そうしないのでは無く、ソレが出来ないでいるのだと理解すれば、今が万事休すであるとも知る。
「うわぁあぁあぁ!! 私の所為で、私の所為でぇ、うあぁあぁあぁ!!」
結乃は泣き崩れ、闇に向かって両手を突いて頭を垂れる。
結乃を助けに2両目に向かわなければ、斡真は戻って来られたかも知れない。
少なくとも、3両目に挑むだけの体力を失う事は無かっただろう。
その自責に声を上げずにはいられない。
「助けてくださいぃ、助けてくださいぃ!!」
『兄貴が死んじまってから、親父がヤケに老け込みやがってさ。
あぁ、こりゃ俺が何とかしなきゃならんなぁ、とか思わされたっつーか』
「もう良いからぁ! 私が身代わりになりますからぁ!!
だから返してくださいぃ!! お願いします、お願いします!!」
「諦めよ、羅川結乃。黄泉に声は届かぬ。これも人の運命」
敷かれた線路の上を走るだけの一生。
人生を静かに全うするも、踏み外すも、予め定められたプログラム。
そうして気づかぬ所で運命は作られ、人はその流れに逆らう術も持たず生涯を過ごす。
だが、その事実に無駄と解かって贖うのも、人間の性。
諦観だけで生きられる程、愚かでもいられない。
「人で無し!! そんな事を言えるから、アナタは人間じゃないんだ!!
何者にもなれない成り損ないなんだ!!」
「――」
人間どころの始末では無い、何者にもなれない無い成り損ない。
そう言い放たれれば、国生は言葉を失う。
*




