弐七
苔むした天井から滴る結露は水面に波紋を作る。
「さ、む!!」
水温は20度以下。長く浸かっていては体が冷えてしまうだろう。
行き止まりで由嗣達を待たせるのも憚れる。
斡真は引かれたロープを伝いながら、焦燥のまま水底を浚う。
「うあ~~……キモ!! つか、泥! 何かアレだわッ、ラードだわ!」
油っぽさのある泥の手触りに、やはり自分が来て正解だったと強く思う斡真だ。
「つか、難易度上がってっし……」
携帯電話のライトを水面に向けるも、灯りは飲み込まれ、水中を映す事は無い。
(暗くて水の中が見えない……
いや、明るくたって、こんなドブ水に見通し何かありゃしねぇ。
見つける所か……
見つかったとして、身動きも取りにくい この足場でどうやって逃げ切りゃイイ?)
「由嗣! いるか!? オイ! 俺の声、聞こえるか!?」
……
……
返答は無い。
きっと由嗣も斡真を呼んでいるだろうが、20メートルばかり離れているだけだと言うのに、声が聞こえないと言うのも不気味な事だ。
この暗闇に遮られているのだと思えば、漂う空気すら異形に感じられる。
(まぁ、ソレなりに頑張りますけども……
3人がかりで探して見つからなかったモンを、俺なら見つけられるとは思えねんだけどな?)
ザバザバと水をかく。
(クロミカズラは葡萄だった。
今度は何に化けてやがるのか、共通点はねぇのか?
そもそも、こんな空間に食い物が生息してるってのが、どーかしてんだろうよ、)
「どーかしてる。
全てがどーかしてっから、今更どーでもイイっつぅ……」
(あぁ、食いモンの事 考えたら急激に腹減ったし、喉乾いたしよぉ……
やっぱ体力の消費ハンパねぇ、目ぇ回る。ホント、目ぇ……)
「立ち、くら、み、……」
強力な重力が体に圧し掛かる。
斡真の膝はガクリと抜け、そのままうつ伏せに倒れる。
ビシャン!
(ヤベぇ……力出ねぇ……つか、使い切った……)
水面に顔面が浸かっているのは感覚で分かるが、体を起こす力が湧かない。
(息、出来ねんですけど……
水位10センチありゃ余裕で溺死するって、ホントだな……
いや、待て。クシ、クシだよ。それをお持ち帰りするんだろぉが……
こんな生臭ぇトコでウッカリ死んでられるかよ、起きろ、俺……
そんなに寝たけりゃ家に帰ってから起きるまで寝りゃぁイイだろ、が……)
*
……
……
国生は目を伏せる。
「力尽きたか」
「ぇ?」
結乃は国生に向き直る。
「何です? ソレ、どうゆう意味ですか……?」
国生は懐中時計に目を落とす。制限時間の60分迄は残り20分。
「やはり、黄泉の消耗には堪えられぬよのぉ、高槻斡真」
「ぁ、斡真サン、斡真サンがどうしたんですか!? 何かあったんですか!?」
国生は立ち上がり、3両目の闇を見つめる。
「お主等は死地に向かう死者なりて、今や肉体を持たぬ魂だけの存在。
賽の河原に留まる迄は苦しむ事も無いが、黄泉ではその性質が異なる」
「何を、言ってるんですか……」
「黄泉に在るには黄泉の者でなくば、その存在を維持しつづけるは適わぬ事。
故に、力尽きる事にもならば、黄泉との同化を迎えるばかりになろう」
灯りの点いた車両にいる分には、何の事は無い。
腹も空かなければ眠くもならない疲れ知らず。
そんな感覚を、結乃も実感し始めていた所だ。
ソレが死の顕れなのだとしたら、不可解さは取り除かれる。




