弐六
苔むした壁を前に、由嗣は途方に暮れる。
腰に結んだロープの余りは無いから、丁度20メートル。
「行き止まりだ、」
1車両分の長さを探索した訳だが、国生が所望する湯津津間櫛らしき物は見つからない。
生臭い水に、体力と体温が奪われるばかりの結末。
「ょ、呼ぼう! まだ、時間はあるんだろっ?
待機してる2人にも探させよう! ロープ引っ張るぞ!」
「待ってください、小金井サン、もう少し、」
「時間制限があるんだぞ!? ムキになって探したって、無い物は無いんだ!」
そう言って、小金井は力強くロープを引っ張る。
この反動は20メートルを伝い、2両目に留まる斡真の手に届く。
「!」
ロープが引っ張られた感触に、斡真は立ち上がる。
再確認に引き直せば、あちらからも引っ張り返される。
どうやら、湯津津間櫛は見つかっていないらしい。
斡真の険しい表情に状況を理解すると、結乃は貫通扉に1歩を踏み出す。
「チビ!」
斡真は慌てて結乃の腕を掴む。
2両目でのダメージは回復していないのだろう、結乃の手は冷たい。
「俺が行く。お前はココで待ってろ」
「大丈夫です、私、今度も絶対見つけて来ますからっ」
「そう何度も お前に花持たせてたまるかっつの。今度は俺が見っけてやるよ」
「でもっ」
「由嗣と約束しちまったし、どっち道だわ」
斡真は手に巻きつけていたロープを結乃に握らせ、国生を見やる。
「あと何分だ?」
「30分程」
「よし。チビ、念の為、念の為だ。
お前の力じゃ逆に こん中に引っ張り込まれちまうかも知れねぇ。
ヤバくなったらロープを放せ」
「え!?」
「国生、アンタに言っても無駄かも知んねぇけど、
最後の生き残りに多少の便宜は図ってやれよ?
例えばぁ、終点まで笑い話の1つくらいはしてやるとか」
「吝かでは無い」
「うは! マジか! ちと聞きてぇなぁ、アンタの漫談!」
湯津津間櫛を手に入れられなければ、地上に戻る事は出来ない。
このまま終点まで電車に揺られるばかりだ。
結乃はフルフルと唇を震わせ、斡真を見上げる。
「だ、駄目だったら呼んでください! 私、アテにされるの、待ってますから!」
「ハハ! お前、カッケェなぁ!」
笑いながら、斡真は3両目の闇に消えて行く。
「斡真サン……」
結乃はロープを握る手を硬くする。
決して離すまいとするその姿に、国生は言い零す。
「人間とは、奇なるもの」
結乃は国生を振り返る。
「まるで、自分は人ではないみたいな言い方……」
「言わずもがな」
言う迄も無い。
目を閉ざした国生の穏やかな横顔は人間の一線を越えた静寂の表れに、結乃は実感する。
「人では無い……?」
「うむ。ヤツガレは変わらぬ。何一つ。故に、人間に無し」
「……」
「もう長い事、ヤツガレはヤツガレの儘だ。
お主らのように移ろいもせぬ。故に、お主らが些か羨ましくもある」
国生は不変。事象は国生に影響を齎さない。
そう断言する国生に、結乃は小さく頭を振る。
「そんな事ない。きっと、移ろってる……国生サンは」
「――」
国生は目を開け、結乃を流し見る。
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