壱九
こんな あから様な悪態は見ていられない。
結乃は立ち上がり、一同と距離を置く様に座席に置いた儘の手荷物を取りに戻る。
そして、ケーキの箱を見下し、呟く。
「之登……」
奇跡的にも黒御鬘を手に入れる事が出来たが、2度も同じ好機に恵まれはしないだろう。
当分は家に帰れない所か、未だその確約が無い事には肩が落ちる。
「ケーキ、一緒に食べたかったな……」
2両目でエネルギーを吸収され放題な目に遭った結乃の腹は、今にグ~っと唸りを上げそうだ。きっと、斡真も同じだけ消耗しているに違いない。
箱の中には之登が好きなフルーツケーキが2つ入っている。
このまま腐らせてしまうくらいなら食べてしまおうと思うも、6等分するのは難しい。
「どうしたの、結乃チャン」
「!」
顔を上げれば、穏やかな笑みの由嗣が傍らにいる事に気づく。
結乃はオロオロと視線を泳がせ、返す言葉が見つけられずに俯く。
「……あぁ、ケーキか。早く冷蔵庫に入れないと駄目になっちゃうね。
でも、どうせなら食べちゃったら?」
「ぇ?」
「さっき見たら、時計まで止まってるから驚いたよ。
今が何時なのか分からないけど、1時間は経ったようだし、小腹、空いてるでしょ?」
「でも、2つしか無いので……」
「うーん。じゃぁ、こんなのはどうだろ? 結乃チャンと斡真で食べるのは」
「ソレじゃ、他の人に……」
「僕、2人が戻るのを待ちながらずっと考えてたんだ。
この世界が何なのか、国生サンの言う事を全面的に信用したわけじゃないけど、
ココが異常な空間だって事は解かる」
「はい、」
「ねぇ、1両目で待っていただけの小金井サンだけど、こんな状況だって言うのに、疲れた様子が無いと思わない? あんなに怒って声荒げてるのに、不思議だろ?」
小金井は癇症に顔を顰め、苛々に爪先をパタパタと動かすのも引っ切り無し。
然し、由嗣の言う様に疲労した様子は窺えない。
「走って逃げる時、普段の力が出なかった。怯えきっていたのもあるけど……
もしかしたら、あの暗闇の中にいる事で、体力を消耗するんじゃないかな?」
「そ、そうかも知れませんっ、
私ずっと捕まってて、力が奪われていくようで、とてもオナカが空いて、喉が渇いて、だから側にあった葡萄に手を出しちゃったんですけど……
勿論、食べませんでした、絶対 腐ってるって思ったし、」
「うん。良かった。あの中の物は食べちゃいけないみたいだから」
あの闇空間では容赦なくエネルギーが奪われて行く。
齎された空腹感と乾きに耐え切れなくなれば、蛆すらも食したくなるのだろう。
最も、そうなってしまえば須らく異形と成り果てるのだが。
由嗣はケーキの箱を持ち上げると、結乃に差し出す。
「尚更、結乃チャンと斡真で食べるべきだと思うよね、コレは」
誰よりも体力消耗しているだろう斡真と結乃には糖分が必要。
ケーキの箱を受け取る結乃が頷けは、由嗣は矮小の背を押して一同の元へ戻る。
「ねぇ斡真、結乃チャンがケーキくれるって!
2人で食べて、早く元気になってくれると助かるなぁ!」
由嗣の傍らには顔を真っ赤にした結乃。
長い前髪は相変わらず表情を隠すも、照れ臭そうに肩を竦める様は可愛げがある。
それで無くとも差し入れは有り難い斡真は、幼い子供の様に喜色する。
「マジで!? 実はスゲェ腹減ってた! マジ助かる!」
快く受け入れられた事に結乃は肩を撫で下ろす。
薫子は座席を譲るよう由嗣に促されると、渋々と明け渡す。
「ワリぃな、チビ! 戻ったら新しいの買ってやるからな!」
「だ、大丈夫ですから、どうぞ、」
「ンじゃ、いっただき~~」
ケーキを食べる陽気な2人は放って、小金井は由嗣に向き直る。




