壱八
黄泉比良坂を上り切った所で、自動的に電車は止まる。そこが終点。
そうなれば電車を降りなければならない訳だが、出た先が相変わらずの暗闇だったら どうするつもりなのか、置かれている状況を理解していない薫子に、小金井は露骨に敬遠する。
「あのなぁキミ、今までの話を聞いてたのかッ? 電車の外、見ただろッ?
真っ暗で、変な化け物みたいなのが沢山いたじゃないか!
アレが本物なら外に出るのは危険で、灯りのある車内にいた方が安全だと思わないのかッ?」
「ぁ、そっかぁ……でも、国生サンの頼みを聞くのだって難しいしぃ……
ソレに、アタシ、いつまでもこんなトコにいたくないですしぃ……」
「そんなの皆 同じだ! だから困ってるんだろうが!」
「終点がどんな場所か、国生サンはご存知じゃないんですか?」
「夫々の生き様により、降りる駅や時は異なるが故、語り尽くせぬ事よ、中谷由嗣」
「えっ、全員一緒じゃなく、別々に降ろされるんですかっ?」
「然様。淡き光に包まれる者もおれば、黄泉に引き摺り込まれる者もおる。
奈落に堕ちる者も少なくは無い」
終点は夫々に用意されている。
ならば、人によっては今にこそ電車から ほっぽり出されるか知れない。
『嫌だ!』と抵抗しても国生の事だ、容赦なく追い出すだろうから、斡真は頭を抱える。
「一貫して、俺達は死んでるって設定な?
お前の言う事を疑うのも疲れるから取り敢えず信じてやるけど、
俺には死んだ記憶がねんだけどな? 覚えてるヤツいるか?」
斡真の問いに、一同は揃って頭を振る。
何せ、血も出てなければ痛くも無い。至って健康。
国生は自覚できずにいる一同を目送すると、小さく笑う。
「強い影響を受けて死んだ者の多くが、その瞬間を忘れてしまう。
珍しい事では無い」
「知ってんなら教えてくれねぇかなぁ?」
「残念だが高槻斡真、それはヤツガレであっても許されぬ事。
なに、黄泉比良坂を上り切るには 未だ猶予もありそうだ。
各々が如何な選択をするのか、今の内に協議するも一手。
支度が出来たなら声をかけるが良い。あの扉を開ける」
国生は2両目の中央座席に腰をかけ、静かに目を閉じる。
ああして国生が静観している間に体力を取り戻すしか無さそうだ。
「ココが何処だか分からねぇは、いつ外に追い出されるか知れねぇは、
何だか分かんねぇモンを拾って来いだとか、散々じゃねぇか……
こっちが死人だってなら、もぉちっと労われっつの……」
斡真は力ない声で呟くと、手荷物を預けていた1両目の座席に腰を落す。
背凭れに寄りかって足を投げ出す疲労困憊な様子に、由嗣は愁眉してならない。
「斡真、大丈夫か? 顔色が悪いぞ、横になった方が良い」
「大丈夫だって。何つぅか、あん中いっと、やたら体力とられるっつぅか……
まぁ、座ってりゃ時機に回復するって」
2人の遣り取りが耳に入るなり、薫子は そそくさと駆け寄って斡真の隣に腰を下ろす。
そして、身を寄せて不安げに声を曇らせるのだ。
「アタシ、その感じ何か分かるぅ。さっきだって、ホントにダメかと思いましたもん。
斡真サンと由嗣サンが引っ張ってくれなかったら、アタシぃ……
絶対に戻れなかったと思うんですよぉ? そぉ考えると、もぉ怖くてたまんないです!」
そう言い切った後に、薫子は結乃へと目を側み、表情を強張らせる。
手を差し伸べた結乃を突き飛ばして逃げ果せた自覚はあるのだろう、
疲弊して座り込む結乃と目が合うも、薫子は礼も言わなければ謝罪も無しに視線を反らす。
事の起こりを皆に知られていないなら、すっとぼけ様と言う魂胆だ。
コレが薫子の処世術。




