壱参
〈見たなぁ……見たなぁ……〉
低く淀んだ嗄れ声が、四方八方から向けられる。
黄泉の者の声は耳にするだけでも身の毛が弥立つ。
〈我等が姿を見たらば、愈々帰す訳にはゆかぬ……〉
「ンな、迫られりゃぁよぉ……つか、見てくれって言ってるようなもんだろが!」
〈ああ、憎らしや……
こんな醜い姿を見られては、恥ずかしさの余り、眠りについてはおられぬ……〉
「羞恥心!? 羞恥心なんか!? 奥ゆかしさが足らな過ぎんぞ!!」
国生も『見てはならぬ』と言っていたが、この空間に送り込まれた以上 目を閉ざす事は出来ない。
既に異形となった黄泉の者は理性も自制も失い、録音された言葉を繰り返し流すだけの屍。
言葉すら理解されないのだ。ならば、退路も無い斡真の行動は1つ。
「こぉなりゃヤケクソだ!!」
無理矢理にでも突破口を作るしかあるまい。ココは後先考えずの玉砕覚悟。
飛んで火にいる夏の虫に、顎が捥げそうな程の大きな口を開けて待ち構える異形達。
そして、伸ばされた沢山の手が触れるか否か、斡真は腰を屈め、スライディング。
足元の泥濘を削りながら異形等の細い足を蹴り倒し、道を切り開く。
(攻撃力ともに守備力、量産型レベル!
見た目通り体は脆い! コレなら切り抜けられる!)
光明。
強力な悪臭を放ち、蛆やミミズやらを纏った醜態と対峙したくは無いが、ソレだけ我慢できれば腐り落ちた異形の本体は脆弱だ。然し、量産型と言えるだけあって数が多い。
この空間である限り、異形は無尽蔵に生成されていくから体力勝負。
「チビ! 何処だ!? 返事しろ!! 絶対に助けてやるから!! 絶対に!!」
*
結乃はウツラウツラと開眼。
『誰かの声が聞こえたような……』と首を傾げた所で、体の自由が利かない事に気づく。
「さ、さかさまっ? か、体、どうして? ココ、……え? 天井? 私、天井の中っ?」
天井からぶら下げられている状態。
どうゆう仕組みになっているのか解からないが、肩から下がスッポリと天井面に塗り込まれている。頭に血が昇ってコメカミが脈打つ痛みに、結乃は眉を顰める。
「う、ぅぅぅ……痛い、気持ち悪い、うぅぅ……」
だいぶ夜目に慣れた事もあって、異形が闊歩している様が眼下に確認できる。
目の縁から涙の様に蛆が溢れているのが見える距離。
結乃が目を覚ました事に気づいたか、数体の黄泉醜女が口を開けて見上げる。
どうやら、この全ては異形達の仕業の様だ。
「ぉ、下ろして……」
言って伝わる相手とは思えないが、嘆願せずにはいられない。
最中、ゴクリ……と嚥下される様に体が天井に飲み込まれて行くのが分かる。
「ひ、ひぃッ、嫌だッ、助けてッ、誰か!!」
鎖骨までが沈み込めば、何れは頭の天辺まで飲み下されるだろう。
そうなっては、まず助からない。
アテも無い助けを呼びながら、結乃は体に残る感覚のみで踠く。
まだ塗り固められてはいない。
動けばグチョグチョと音を立てるから、無理矢理に片腕を引っ張り出す。
ぬちゃぁ……
「うぅぅ……、」
天井の質感は脂肪分の多い肉の固まりの様だ。
抜け出た左腕は、しっとりと湿っぽい。
同様に右腕も引っ張り出す事に成功すれば、気味悪がってはいられない。
飲み込まれる前に体を掻き出そう。
グチャ、グチャ、グチャ、
ブチッ、、グチャ、
指先に絡まる蔓や蔦も相俟って、触り心地が悪すぎる。
心中で神頼みを繰り返しながら、泳ぐ様に天井を掻く。
「家、早く帰らなきゃ……之登の誕生日……
お姉チャン、ケーキ買って来てあげるって、
之登が学校から戻るまでにって、約束したのに、何でこんな目に……
うぅぅ、やっぱり外に出なきゃ良かった……
私なんか、ずっと部屋に閉じ籠もってれば良かった……
こんなんじゃ間に合わない、祝ってあげられない……何で、何でぇ……」
頭に浮かぶのは中学生の弟。
引き篭もりな結乃を献身的に支える出来の良さには毎度 感謝して止まない姉として、
誕生日ぐらいは祝ってやりたかったからこそ、勇気を持って外出したにも関わらず、この始末。




