九
「は、走れ!!」
焦燥する斡真の指示に全員が一斉に駆け出す。全力疾走だ。
然し、1両目の灯りは刻々と遠ざかる。
(フィクションにしちゃ、やり過ぎだろぉがぁ!!)
「な、何で追いつかねんだよ!?」
「この車両、成長してるんじゃないか!?」
「どうゆう意味だよ!?」
「伸びてるって事で!」
「いやぁあぁあぁ!! 怖い! 怖いよぉ!! 置いてかないでぇ!!」
「兎に角、走れ! 遅れるな!」
どんなトリックを使ったら これ程の不気味なリアリティーを再現できるのか、
気づけば本気で、この異常空間を受け入れている。
(何かが追って来る……生きてる人間とは思えない、もっと異質な何かが……
分からない、ただヤバイ! ココは考え無しで踏み混んでイイ場所じゃねぇ!!)
本能が警鐘を鳴らしている。
今迄に感じた事の無い危機感を振り払う様に闇雲に走る。
そうして200メートルは疾走しただろうか、息を乱す薫子の膝は徐々に上がらなくなる。酸素を求める魚の様に顎を上げ、減速。
遂には四つん這いになって へたり込んでしまう。
「ま、待ってぇ……も、もう走れない……、」
「!」
薫子の蚊の鳴く様な声に結乃は立ち止まる。
引き返す事を一瞬ばかりは戸惑うも、腰を上げられずにいる薫子を放ってはおけない。
「だ、大丈夫ですかっ? ぁの、頑張りましょう、立てますか?」
「ぅ、うん、」
薫子は結乃の手を借りてヨロヨロと腰を上げる。
そして、床に放ってしまった携帯電話に手を伸ばすなり、戦々恐々と顔色を変えるのだ。
「ぎ、やぁあぁあぁあぁ!!」
携帯電話のライトが映し出すのは、結乃と薫子の間に顔を突き出す痩せこけた女。
頬の肉はケロイドの様に爛れ、目や口からはポロポロと蛆が零れ出す。
コレは、車窓から見えた化け物と同種の生き物だろう。
そう理解すると同時、薫子は結乃をドン! と押し退けて駆け出す。
「邪魔ぁ!! 怖い! 怖いよぉ! 化け物ぉ! 化け物ぉ!!」
火事場の馬鹿力で一目散に全力疾走。
薫子は猪突猛進で斡真と由嗣に追い着く。
「薫子チャン! 早く、コッチだ!」
1番に1両目に到着したのは、運動神経には自信のある由嗣。
斡真は一足遅れ、ダイビングで転がり込む。
由嗣は貫通扉の手摺りに掴まり、手を伸ばして薫子を引っ張り入れるも、続く筈の結乃の姿が見えない事に息を飲む。
「ゅ、結乃チャンは!?」
「え!? ――ぁ、えっと……ゎ、分かんない、途中ではぐれちゃって、」
「はぐれた!? って、オイ、あのチビ、逃げ遅れたんじゃねぇか!?」
今も車両は成長し続けている。ならば、結乃は遥か彼方。
焦燥する斡真に、状況知らずの小金井が口を挟む。
「な、何だッ、何があった!? あの女の子はどうしたんだ!?
まさかキミら、女の子をこんな暗い中に置いて来たんじゃないだろうな!?
どうゆう神経してるんだ!」
「テメェ! 待ってるだけの分際で偉そうな事ほざいてんじゃねぇぞ!
こっちゃぁ戻れるかどうかの瀬戸際だったんだ! 知ったクチ聞くんじゃねぇよ!」
「ッ、」
斡真にキツく言い返されれば、小金井は目を背けて押し黙る。
すると、国生は何事も無い様子で腰を上げる。
「黒御鬘は何処に?」
最も呑気に高みの見物をしていたのは、この男だろう。
斡真は国生を睨みつけ、壁を殴りつける。
「手ぶらだよ! 出戻りの俺らをバカしてんのか!」
「それは困った……」
「どうでもイイが、チビと はぐれちまったよ!
これも打ち合わせ通りってなら、探しに行く手間も省けんだけどなぁ!」
「どうしたものか……」
「そりゃこっちのセリフだ! 好い加減、種明かししやがれ!」
国生は懐中時計に目を落とす。
60分後を知らせる針は、現在20分ばかりが経過。
まだ時間はあるにも関わらず、国生はパチン……と懐中時計の蓋を閉める。




