第95話 ここはどこですか?
徒人が目を醒ますと空の上には黒い雲が掛かっているように見えた。どうやら地上のどこからしい。転移陣で転送された時に比べたら最悪としか表現のしようがないくらい体中が痛みで悲鳴を上げている。まるで全身筋肉痛みたいだった。
邪魔だなと反射的に黒い雲を押し退けようとして金属音が響いた。
「お触りはアカンで徒人ちゃん。うち、OLはやった事あるけどお水はないから」
上から終の言葉が降ってきた。
徒人が黒い雲だと勘違いしていたのは終の鎧の胸部だったようだ。終は全身鎧を着ているからひんやりとした金属の感触のせいで膝枕されているとは分からなかった。
「ごめんなさい。すぐにどけますから」
徒人は終の膝の上から離れようとするが上から両手で抑えこまれる。
「女子らしいことさせて頂戴な。全身鎧を着てるから嬉しくはないやろうけど」
終の声はどこか面白がっているように聞こえた。
トワに見つかったらやばいんでありがた迷惑なんですが。どうか見てませんように──
解放してもらえなさそうなので聞くべき事を聞く。
「他のみんなは? ここは地上で間違いないのか?」
「隊長さんたちは近くに居ないから散り散りやね。ここは多分神霊の祭壇の近くにある草原やな。西の魔王軍が居ないけりゃ、そんなに強いモンスターは徘徊してないと思う。だから、うちと徒人ちゃんでなんとかなると思うよ」
その返事に納得いかない物を感じながらも質問を続ける。多少怒ってる自分が居る事を考えるとやっぱり祝詞が選んだパーティに多少の愛着をあるのを再認識させられた。アニエスと対峙した時のブラフといい、精神的には脆い事を突き付けられてしまう。
多分、同じ心境の仲間が居なければ、徒人も祝詞のように取り乱していた筈。でもこんな風に考えるとトワに拗ねられるのだろうか。
「辺りは探したんですか?」
「徒人ちゃんが見つかってからは全然やね。担いで連れて行くのもなんだしね。うち、ほら言うやんか。遭難したら動くなと」
言わんとする事は分かるがなんか釈然としない。
「それにうちは箸より重たい物を持った事ないや。乙女やし、男の徒人ちゃんをおぶって移動するとか悲しいやん」
「ノートゥングをぶん回してるじゃないですか」
乙女の心境なんだろうが一応理解できない事もないがカチンときた徒人はツッコミを入れる。
「それは言わん約束やんか。徒人ちゃんのいけず。ツッコミが激しすぎるわ。でもその立派なツッコミなら関西に住めるな」
終の喋り方を聞いてると何故かシモい方面に想像せざるおえない。
「それより、みんなを探しましょうよ」
起き上がろうとした徒人の体に痛みが走る。傷と言うよりは本当に筋肉痛で回復魔法でもすぐには痛みが引かないだろうし、動けるようになるまではこうしてるしかない。
「テレポーターは無理やり転送するから体にダメージあると思うよ。もう少し寝とき。うちはスキルで防御したから平気やけどな。仮にスキルなしでも戦士上がりでパラディンなうちと剣士系の徒人ちゃんじゃ差がでるのは仕方ないよ。耐久力と防御力に差があるだろうし」
全体に掛けてくれたらいいのにとか思わなくもないが個人スキルだったら意味ないかと思い直して徒人は黙っておく。
「何故壊さなかったのだろうか」
徒人は話の全体をぼかして独り言のように呟く。
「勇者に真実を教えたら寝返りを促せるからじゃないん? 壊すよりも見せて帝國を裏切らせた方が内部対立に持ち込めるし」
「そうじゃなくて帝國の方です。何人かがあれを見て裏切ったのならば壊すなり、来れないように……」
徒人はそこで思いついた。西の魔王軍に襲われる前からきな臭かったのは内部対立による争いなら血生臭い展開も想像がつく。西の魔王軍が神霊の祭壇を荒らさなかった理由も──終が言うとおり残しておいた方が稀人と帝國の軋轢を生む。
そしてカマをかけたつもりで自分が喋らされている事に気付く。
「そうやね。だから殺し合いが起きた。帝國も一枚岩じゃないと言う事やな」
上から徒人の顔を覗き込んでくる終の瞳には探りを入れているように見えた。
「ねえ、徒人ちゃん。もし、みんなが全滅していたらどうする? そのまま帝國に仕える? それともどこかの魔王軍にでも付く?」
終は意外な事を口にする。彼女はこの問いをしたかったのだろうか?
トワの事を言うのは拙いので彼女が居なかったらどうするかを考える。
「……元の世界に、元の時代に帰る方法を探す。帰る方法が見つからなかったら何もかも放り出して旅に出る。とか言ったら笑いますか?」
徒人は目を逸らさずに終の瞳を覗き込んで言った。トワの事を除けば本心である。
「それもええかもね」
終は目を逸らす。そんな彼女の横顔は酷く老けて見えた。この世界で生きる事は彼女をどれほど摩耗させたのか徒人には想像もつかない。そんな事を考えてる間にテレポーターによる筋肉痛みたいな痛みは消えていた。
「そろそろ行きましょう」
今度は起き上がるのを阻止されなかった。徒人は立って辺りを見渡す。草原と空が広がっているだけで辺りには何もない。あるのは視界の左端の遠くに見えている神霊の祭壇くらいだな。
「ねぇ、徒人ちゃん。聞いた事ある?」
「何をですか?」
「稀人たちが自分たちの国を作ろうとしてると言う噂を」
徒人は振り返る。風が吹く中、俯き加減で前髪の隙間から憂いを帯びた瞳を見せる終がそこに立っていた。
「聞いた事ないです」
「もし、それが事実だったらどうする?」
「稀人側に付く気もないけどラティウム帝國に忠誠と誓う義理なんてもっとない。それは最初からですが……ですがこのラティウム帝國を乗っ取ろうとも思わないし、政治的に関わろうとも思わない。だってここは彼らの國で彼らの時代なんですから。それに噂なんでしょう?」
それが本音になるのはやはりトワの件があるからだと徒人は自覚する。彼女の居ないこのラティウム帝國に興味など持てないのだから。勇者を懐柔するか勇者を倒してしまえば両者は決め手に欠ける筈。
もっとも南の魔王であるトワが攻めこまなくても東と西の魔王軍がどうするつもりなのか徒人には分からないが。
それが本音になるのはやはりトワの件があるからだと徒人は自覚する。彼女の居ないこのラティウム帝國に興味など持てないのだから。ただ同時に勇者を倒す事に加担しておきながら関係ないとはどの口で言うんだろうかとも思わなくもない。
結果的に神前早希を手に掛けずに済んだが岳屋弥勒は自衛の為に倒す羽目になった。次の敵かもしれない死神勇者とは戦う事になるのだろうか。そもそも自分と言う人間が勇者と言う存在に対して疎ましく思っていたのが動機なんだろうか。自分には絶対になれない連中に対する妬みなのだろうか。
それとも勝手に呼ばれて何も考えずに召喚者の為に戦う勇者と言う存在を胡散臭く感じていたからだろうか。偽善者だと感じていたからか。
「ただの噂やね」
終はそれだけ言うと足が止まっていた徒人を抜かして先頭を歩き始めた。
金色の鳥がこっちへ向かってくる。和樹の錬金術で創りだした鳥だろう。
『見つけた。こっちはリーダーと彼方と十塚さんを見つけたぞ。どこで油を売ってたんだよ』
鳥から聞こえた声は和樹の物だった。混ざって聞こえる声に祝詞と彼方の物も確認できた。
「すまん。今そっちへ行く」
『そっちへ行くから動くな』
徒人の返答に和樹は怒っていた。全く探してないのだから怒りを買うのも当然だろう。
「パパ、うちを迎えに来て」
『パパ言うな! 俺はそんな年じゃない!』
和樹が本気で怒ったのは初めて聞いた。やっぱり年齢の事を気にしていたのか。
それを聞いて終は笑っていたが徒人は憂いを帯びた瞳の彼女の表情が忘れられなかった。
【神蛇徒人は[対魅了耐性1]を習得しました】




